「朝食が済めば、何時でも退院していいですよ」

看護師さんのその言葉が、まるで長年待ちわびた釈放宣告のように響いた。昨夜からもう、心は病室の壁を突き抜けて外の世界へ飛んでいた。

朝8時に配膳される最後の病院食。それを待っていられない私は、妻に「8時半に迎えに来てほしい」とLINEを入れた。一分一秒でも早く、この無機質な、消毒液の匂いが染み付いた環境から飛び出したかったのだ。

外の世界へ戻る高揚感と、一週間の断絶が生んだ奇妙な緊張感が、胸の内で騒がしく混ざり合っていた。

聖者たちの献身

朝の6時半。まだ廊下も静まり返っている時間だというのに、病室のドアが静かに開いた。主治医の先生だった。

今日は休診日のはずだ。それなのに、先生はいつもの表情で、私の容態を確認しに来てくれた。

「体調はどうですか。今日からまた、ゆっくり生活を戻していきましょう」

その言葉を聞きながら、私はただただ圧倒されていた。一体、この人はいつ休んでいるのだろうか。自分の時間を削り、こうして患者の一歩を支えてくれる。その献身的な姿勢には、言葉にできないほどの感謝と、畏敬の念を抱かずにはいられない。深々と頭を下げてお礼を伝えたが、あれほどの恩義を返すには、一生懸命に健康でいること以外にないのだろう。

7時半にはすでに私服に着替え、荷物をまとめ終えていた。パイプ椅子に腰掛け、ソワソワしながら時計の針を見つめる。8時に運ばれてきた朝食を、人生で一番の速度で完食した。美味いとか不味いとかではなく、それは「儀式」だった。これを食べ終えれば、私は自由になれる。

「外」の衝撃

「着きました」

妻からのLINEが届くと同時に、私は一週間お世話になったベッドを飛び出した。

ナースステーションに立ち寄り、深々と頭を下げる。そこには、今回の入院生活で精神的な支えとなってくれた、私にとっての「女神様」のような看護師さんもいた。最後にお礼を直接伝えられたことが、何よりの救いだった。

病棟のエレベーターを降り、病院の自動ドアが開いた瞬間。

全身を貫いたのは、圧倒的な「空気の差」だった。

空気が、動いている。

病院の中の空気は、一定の温度で管理され、どこか停滞していた。しかし外の空気は、風を孕み、温度を変え、生き物の匂いや街の騒音を運んでくる。肌に触れる風が、これほどまでに情報量を持っているものだとは知らなかった。生まれて初めて味わうような、細胞が一つひとつ目覚めていく感覚。

しかし、その感動はすぐに奇妙な「酔い」へと変わった。

迎えの車に乗り込み、タイヤが転がり始めた瞬間、凄まじい違和感に襲われたのだ。これまで当たり前にこなしてきた「車での移動」が、信じられないほどフワフワとしていて、気持ちが悪い。視界が流れるスピードに、三半規管がついていかない。自分がいかに「静止した世界」に適応してしまっていたかを痛感した。

桜の並木道と、見知らぬ「我が家」

帰り道、まだ間に合った桜並木を妻と二人で歩いた。

風は少し強かったが、その風の動きすらも今は愛おしい。散りゆく花びらが風に乗って踊る様子を眺めながら、一歩一歩、地面を踏みしめる感覚を取り戻していく。

けれど、本当の衝撃は自宅の玄関を開けた時に待っていた。

「ただいま」と言って入ったはずの家が、自分の家ではないように感じられたのだ。

視覚的な記憶はある。そこに何があり、どういう配置なのかは脳が覚えている。しかし、感覚がそれを拒絶する。

「こんなに広かっただろうか?」

たった一週間、ベッド一つ分のスペースを拠点に生活していただけだ。それなのに、私の空間認識能力は完全に狂ってしまったらしい。天井の高さ、リビングの広さ、廊下の長さ。そのすべてが過剰に感じられ、落ち着かない。広すぎる空間に放り出された不安感で、また少し気持ちが悪くなった。

人間というのは、なんと脆く、そして順応しすぎる生き物なのだろうか。

たった168時間の「非日常」が、数十年積み上げてきた「日常」の感覚をここまで書き換えてしまう。体調、平衡感覚、距離感。そのすべてが、借り物の体のようにおぼつかない。

泥のような眠りの中で

夕方、あまりの感覚のズレに疲れ果て、自室のベッドに横たわった。

病院の寝心地とは違う、自分の匂いがする布団。

気がつくと、私は深い、深い眠りの底に沈んでいた。

入院中はあれほど頼りにしていた睡眠薬も、今日は必要なかった。

家が広く感じても、感覚が狂っていても、私の身体の奥底は知っていたのだ。ここが、一番安全な場所であることを。

目が覚めた時、少しでもこの違和感が消えていることを願いながら、私は泥のように眠り続けた。

一週間の空白を埋めるのは、案外、この「自宅での眠り」の積み重ねなのかもしれない。

お帰り、自分。

今日からまた、この広い世界を少しずつ、自分のものにしていこう。