入院生活も4日目、手術から2日。

この限られた空間での生活にも、妙な慣れを感じ始めている自分に気づく。ある種の「収容所生活」に馴染んでしまったかのようだ。しかし、慣れと苦痛は別物である。日中の手持ち無沙汰さは想像以上で、安静にと言われても、狭いベッドの上だけで過ごす時間にはもう飽き飽きしている。

何より、ふとした瞬間に窓の外の「日常」を思い出すと、今のこの環境から一刻も早く逃げ出したくなる。

ここでの環境は、お世辞にも快適とは言い難い。

部屋には朝から晩まで、排泄物の入り混じった重苦しい空気が漂っている。地域密着型の古い病院ゆえか、同室には重度の認知症を患う高齢者がおり、その共同生活がもたらすストレスは限界に近い。

食事中であっても、隣の簡易便所の蓋が開け放たれていることがある。プラスチックの受け桶に尿が当たる生々しい音が響き渡る。食欲は失せ、精神が削られていく。正直、気が滅入るどころの話ではない。

限界だった。

私は、この状況を察してくれている「女神」のような看護師さんに、藁をも掴む思いで相談した。「退院を一日でも早める術はないでしょうか」と。

すると彼女は、「私たち職員も、あなたの状況はよく分かっています。辛いですよね。もしよろしければ、こちらからも先生に退院を早められないか話してみますね」と、優しい言葉をかけてくれた。

絶望の中に、光を見た気がした。まさに、神はいたのだ。

しかし、光があれば影もある。

その直後の回診で現れた主治医は、私にとって「悪魔」に等しい宣告を告げに来た。

「退院を早めたいって? 金曜日に出たい? いや、なんとかならないの、って言われてもね……。むしろ月曜日までいたらどうなの?」

耳を疑った。

「奥の方まで切っているからね」という医学的な言い分は、頭では理解できる。しかし、もともとの退院予定は日曜日なのだ。一日でも早く出たいと懇願している人間に向かって、あろうことか一日の「延長戦」を提案してくるとは。この状況で延泊など、もはや怪談より恐ろしい。鬼かと思った。

ここで退くわけにはいかなかった。

私は思わず、心の底からの叫びを口にしていた。

「……そんなに長くここにいたら、本当に頭がおかしくなってしまいます」

その必死さが伝わったのか、主治医も折れた。

「じゃあ、土曜日にしよう!」

それでようやく話がついた。先生の顔はあまり面白くなさそうだったが、背に腹は代えられない。この環境で過ごす限界値は、とうに超えているのだ。

回診が終わるとすぐに、先ほどの天使のような看護師さんが「どうでした?」と心配そうに駆け寄ってきてくれた。

「2日の短縮は無理でしたが、なんとか1日、勝ち取りました」

そう報告すると、彼女は安堵したような表情を浮かべてくれた。

看護師さんたちは皆、本当に献身的で優しく、人間的には素晴らしい病院だと思う。しかし、環境が過酷すぎる。この「地域密着」という言葉の裏にある、重すぎる現実。

自宅へ帰れるまで、あと2泊。

勝利と引き換えに残されたこの48時間を、私はただひたすら、心を無にして耐え抜くしかない。