わが社の情報伝達能力の低さには、もはや清々しささえ感じる。

今日、職場の世間話で一人がこう切り出した。

今年の8月、新潟の小千谷にブルーインパルスが来るらしいですよ!絶対見に行きたいな

なるほど、それは胸が躍るニュースだ。しかし、それから数時間後。別の同僚が鼻息を荒くしてこう言ってきた。

おい聞いたか!新潟のどこかにブルーインパルスに乗ったトム・クルーズがやってくるらしいぞ!おれ、何が何でも行くわ!

小千谷に飛来するアクロバット飛行チームが、いつの間にかハリウッドスターの来日公演にすり替わっている。この凄まじいまでの伝言ゲームのバグ。こんな連絡系統がデフォルトの会社で、いい仕事などできるはずがない。とりあえず、わが社の一日は今日もそんな平和な(絶望的な)体たらくで過ぎていった。

閑話休題。

今日は、妻のことについて少し詳しく書き留めておこうと思う。

単刀直入に言えば、自分は妻のことが大好きである。

しかし、そんなことは口が裂けても本人には言えない。いい年をして恥ずかしいというのもあるが、たまに勇気を出して伝えてみたところで、元来の口下手と照れ隠しが混ざり合い、どうにも「やっつけ仕事」のような、うさん臭い響きになってしまうのだ。心の底では深く愛しているのに、表に出てくる言葉がこれほどまでに軽薄なのはなぜだろう。こんな調子でこの先も大丈夫なのだろうか……と、ふと不安になる夜もある。

そんな愛すべき、そして恐るべき妻との、波乱に満ちた週末の記録だ。

日曜日の朝。自分は早朝から小学校のイベントに出席し、午前8時に帰宅した。

前日から子供たちと「朝食にホットケーキを焼く」という約束をしていたので、帰宅後すぐに準備に取り掛かろうとした。わが家は自分の両親の敷地内に家を構えているのだが、玄関先でたまたま顔を合わせた親と世間話になった。

「これからホットケーキを焼くんだ」と話すと、「ついでだったら、うちにも2枚ほど分けてくれねぇかね」とのこと。

親孝行というほど大げさなものでもない。どうせ焼くのだからと、二つ返事で引き受けた。

家に入ると、そこには現代社会の縮図があった。

わが子はiPadに没頭し、妻はスマホにガッツリと依存している。画面の向こう側の世界に魂を吸い取られているような家族を横目に、自分はイベントの片付けを済ませ、せっせとフライパンを握った。

まずは約束通り、親の分から焼き上げた。冷めないうちに隣へ届け、とっとと自分のノルマの一つを片付ける。それからキッチンに戻り、フライパンを2枚フル稼働させて妻と子供たちの分を準備した。焼き上がるまでの時間はわずか10分程度。その間、家族3人は相変わらず電子機器に魂を鷲掴みにされた状態で、ピクリとも動かない。

できましたよ!食べてください!

テーブルに黄金色のホットケーキを並べて声をかけると、子供たちは「は~い!」といつもの賑やかさで食卓にやってきた。

しかし、妻だけが違う。一目でわかるほど、機嫌がすこぶる悪い。

重苦しい空気がリビングに充満する。洗い物をしながら「何かまずいことをしたか?」と記憶を辿ってみるが、全くもって落ち度が思いつかない。まあ、空腹のせいだろう、腹がいっぱいになれば機嫌も直るはずだ……。

そう楽観視していた自分は甘かった。

食べ終わっても、機嫌は直らない。

昼が過ぎても、機嫌は直らない。

夜になっても……一向に嵐は去る気配を見せなかった。

理由も話さず、ただひたすらに周囲に当たり散らしている。子供たちにも厳しく、自分に対しては完全なる「ガチ無視」だ。もはやわが家は怪獣の襲来を受けた被災地のようである。

手の付けようがない。自分はやるべきことを淡々と済ませ、子供と一緒に、怒りのオーラを纏った妻をリビングに残して寝室へ逃げ込んだ。

明日の朝には、どうかこの嵐が過ぎ去っていますように……

そう神に祈りながら目を閉じた。

あくる日の月曜日。

自分は朝早くに出社するため、まだ眠っている(あるいは顔を合わせないようにしている)妻とは遭遇しなかった。それが吉と出たのか凶と出たのかは分からないが、ひとまず穏やかな気持ちで仕事に向かった。

ところが、平穏が破られたのは昼休憩のことだった。

妻から着信がある。嫌な予感がしながらも掛け直すと、開口一番、怒声が響いた。

とにかく謝れ!

あまりに唐突な要求に、自分は困惑する。

……何に対して謝ればいいんだ?

「ホットケーキは先に子供と、私だろうが! なんで親の方を優先するんだ!」

ようやく怒りの正体が判明した。優先順位の問題だったのか。

「いや、君らは携帯依存で忙しそうにしてたじゃないか。だから先に親の方を片付けたんだよ」

反論してみるが、火に油を注ぐだけだった。

理屈じゃない! とにかく謝ればいいんだよ!

その台詞は、まるでYouTubeで見る反社会勢力のそれだった。話しても無駄だと悟った自分は、「はいはい、すいませんでしたね」と投げやりに言って電話を切った。

仕事を終えて帰路につく際、心は重かった。玄関をくぐれば、またあの「怪獣」と一悶着あるに違いない。戦々恐々としながらドアを開けた。

しかし、そこにいた妻は、嘘のようにケロッとしていた。

いつものように、何事もなかったかのように接してくる。

(……喜怒哀楽、激しすぎだろ!)

振り回される側の身にもなってほしい。こちらが疲れ果ててしまう。

その後は何事もなく、平穏な一週間が過ぎていった。

妻は時折、自分の想像もつかないようなポイントでブチ切れる。そのたびに自分は、「赤の他人同士が結婚して共同生活を送るというのは、なんて難解な修行なのだろう」と痛感させられる。

けれど、それと同時に、こうも思うのだ。

どれほど理不尽に怒鳴られようとも、自分は必ずこの人に隣にいてもらわなければならない。大切な人であるという事実は、怒りや疲れを遥かに凌駕して、自分の中に根を張っている。

そんな不器用な愛情を込めて、今日はわが家の庭に咲いたばかりの薔薇を一輪、彼女にプレゼントしてみた。

言葉にできない「好き」の代わりに。

本日はこれにておしまい。