明日、ようやく退院の日を迎える。

窓の外に見える夜景が、初日の夜とは全く違って見える。正直に言えば、この入院生活の滑り出しは最悪だった。

病室のドアを開けた瞬間、鼻を突く独特の匂いと、絶え間なく聞こえる異質な音。6人部屋という逃げ場のない空間で、認知症を患う高齢者の方々との共同生活が始まった。正直、初日はその環境に気が狂いそうだった。「なぜ自分はここにいるのか」「一刻も早く、ここではないどこかへ行きたい」——そんなことばかりが頭を駆け巡り、絶望感に押しつぶされそうになっていた。

しかし、終わりが見えてきた今、心にあるのは不思議なほどの「感謝」だ。

救ってくれた先生と看護師の方々へ

まず、今回の手術を強引にでも決めてくれた主治医の先生に感謝したい。

自分では「いぼ痔」だと思い込んでいたものが、実際はポリープだった。あの時、先生が背中を押してくれなければ、今も爆弾を抱えたまま悶々とした日々を過ごしていただろう。的確な診断と決断に、心から救われた。

そして、看護師さんたち。

40を過ぎたおっさんの「ケツ」をケアするのは、いくら仕事とはいえ決して楽なことではないはずだ。それなのに、彼女たちは嫌な顔一つせず、プロフェッショナルとして接してくれた。術後、痛みや違和感で眠れずにいると、暗闇の中で「眠れていますか?」と優しく声をかけてくれた。あの短い一言が、孤独な夜にどれほどの体温を与えてくれたか。

特に、環境の過酷さに耐えきれず、意を決して「匂いや環境が苦しい」と正直に打ち明けた時のことは忘れられない。

わがままな患者だと思われても仕方ないと思っていたが、看護師さんたちはチーム全体で僕を心配し、配慮してくれた。「困っていたら何でも言ってくださいね」と最終日の夜まで寄り添ってくれた彼女たちは、僕にとってまさに「神」だった。早く退院したいという僕の焦りに対しても、親身になって策を考えてくれた。あの優しさがなければ、僕は途中で心が折れていたに違いない。

現場を支えるすべての人へ

看護師さんだけではない。介護士さんたちの配慮も身に沁みた。

「明日の朝は、一番風呂をどうぞ」

そう言って、清潔な一番風呂を勧めてくれた時の喜び。閉塞感のある入院生活の中で、温かいお湯に浸かれる時間は唯一の解放だった。その機会を当たり前のように提供してくれる人たちがいる。その裏側にある気遣いに、今さらながら気づかされる。

僕を支えてくれた「家族」と「相棒」たち

そして、何より感謝しなければならないのは、留守を守ってくれた家族だ。

家事や育児、日常のすべてを一人で抱え、その上で僕の着替えを洗濯し、見舞いに来てくれた。自宅の些細な近況を聞くたびに、自分が帰るべき場所があることの有り難さを再確認した。自分の体調ばかりを気にしていた自分が恥ずかしくなるほど、家族の存在は大きかった。

また、この極限状態の精神を支えてくれた「私物」たちにも礼を言いたい。

• Diptyque(ディプティック)の香水:病室の匂いに意識が飛びそうになった時、この香りが僕を別の世界へ連れて行ってくれた。自分の鼻を幸福な記憶で包み込んでくれた、最高のお守りだった。

• SONYのノイズキャンセリングヘッドホン:共同生活の騒音を遮断し、自分だけの静寂を作ってくれた。このテクノロジーがなければ、僕は初日の夜に荷物をまとめて逃げ出していたかもしれない。

最後に思うこと

振り返れば、6人部屋での生活は確かにきつかった。認知症の高齢者の方々との共生は、自分の価値観や忍耐力を試される試練でもあった。

けれど、その過酷な環境があったからこそ、人の優しさや配慮がこれほどまでに鮮明に、眩しく感じられたのだと思う。

「環境が悪い」と嘆くことは簡単だ。しかし、その劣悪だと思っていた環境の中に、これほど多くの「神」がいた。助けてくれる人がいて、待っていてくれる家族がいて、自分を癒やすお気に入りの道具がある。

自分はなんて運がいい男なんだろう。

明日の朝、この病院の重い扉を出る時、僕は今日までのすべてに頭を下げて去るだろう。この入院生活で得たものは、健康な体だけではない。世界に対する、溢れんばかりの感謝の気持ちだ。

さあ、明日は待ちに待った退院だ。

最高の気分で、日常へ帰ろう。