突然の電話

その日は、突然の電話から始まった。

嫁さんのご両親とは半絶縁状態。そんな中でかかってきた連絡は、案の定「おばあちゃんが星になった」という知らせだった。

おばあちゃんはここ5年ほど寝たきりで、痴呆も進んでいた。不謹慎かもしれないけれど、夫婦で「ついにその時が来たんだな」と静かに受け止めた。

嫁さんは「親とは顔を合わせたくないけど、おばあちゃんには最後のお別れがしたい。でも親と一緒に行くのは絶対に無理」と言う。

つまり、暗に「あんたが連れて行け」という指令である。嫁さんのために、迷わず翌日の有休を申請した。

事務の人に「忌引が使えますよ」と言われたので、システム上何日取れるのか聞いてみたが、なぜか無言で立ち去られてしまった。どうやら「1日しかやる気はない」という無言の圧力らしい。まあ、そんな会社だ。期待するだけ無駄というものだ。

大都会の荒波へ

葬儀は午前10時から。逆算して、田舎を朝5時に出発した。

ひたすら高速を南下するが、普段これほど長時間の運転をしない私にとって、都内までの道のりはかなりの苦行だ。

さらに都内に入ると、そこはもうカオス。

交通量はとんでもないし、道は複雑。ETCが「有料道路に入りました」「出口です」と延々繰り返し、自分が今どこを走っているのか、空を飛んでいるのか地を這っているのかすら怪しい。ナビの指示に従い、手に汗握りながら、なんとか斎場に辿り着いた。

斎場に着いても、夫婦の連携は完璧だった。

「義理親との接触は最小限にする」という暗黙の了解のもと、車の中で身支度を済ませてから会場入り。

5年という月日は、憎しみすら風化させるのだろうか。揉めるどころか会話すらほとんどなく、葬儀は静かに終わった。

おばあさんは、本当に苦労の多い人生だったと聞く。

祭壇に並んだたくさんの花に包まれて旅立つ姿は、言葉を選ばずに言えば「美しかった」。その苦労が、少しでも報われることを願わずにはいられなかった。お疲れ様でした、おばあちゃん。

蒙古タンメン中本の衝撃

予定より早く終わったので、「行きたいところに行こう」と夫婦で相談した。

候補に挙がったのは「蒙古タンメン中本」と「ディプティック」。

調べてみると、現在地から中本の「本店」が近いことが判明。それなら板橋へ向かおうと、車を走らせた。

嫁さんは、セブンイレブンのカップ麺の蒙古タンメンにどハマりしており、日頃から「美味い美味い」と言っていた。「それなら本場の味を」と私が提案すると、彼女も超ノリノリだ。

板橋の街を歩きながら店を目指す。この時の私たちのテンションは、葬儀帰りとは思えないほど高かった。

店に着くと、昼時を過ぎても行列が。

30分ほど待ち、ようやく店内に案内された。選んだのは、定番と言われる「蒙古タンメン 辛さ普通」。

期待に胸を膨らませて、いざ実食。

私の感想は「辛いけど、旨味がしっかりあって美味しいな」という、至ってノーマルなものだった。

しかし、隣の嫁さんがおかしい。

一口食べた瞬間、ピタリと動きが止まった。

よく見ると、小刻みに震えているではないか。

「どうした?」と聞くと、

「……思ってた辛さを超えてる……」と絶望的な顔。

いつも「家族で一番辛いのに強い」と豪語していた面影はどこへやら。

汗だくになり、箸が止まる。

「完食するから待ってろ!」と強がるものの、必死すぎて余裕ゼロ。

挙げ句の果てには「なんで他の人はお茶なのに、私は水なの!」と、アプリ会員特典のお茶にまで八つ当たりする始末。

なんとか、汗と鼻息まみれで完食した彼女が、店を出た直後に放ったセリフは最高だった。

「あたしはどうせ、カップラーメン止まりなんだよ!」

自らの限界を悟った彼女の叫びに、私は爆笑してしまった。

その直後、まるで傷ついた嫁さんを洗うかのように、空からは凄まじいゲリラ豪雨が。

波乱万丈な一日だったけれど、おばあちゃんの見送りと、嫁さんの「敗北宣言」。

忘れられない、濃い一日になった。

(ディプティックの話は、また後日。)