プロローグ:あの日、引き返して本当によかった
今日、リビングの主役であるカシワバゴムの木の「ラッキー」が、あわやの危機に瀕した。その姿を見つめながら、ふと彼と出会った日のことを思い出していた。
もともとは、「家に緑が欲しい」という嫁さんの一言が始まりだった。自分としては、適当なホームセンターで1,000円くらいの、手頃で扱いやすそうなやつを買って済ませようと思っていたのだ。正直、植物なんてどれも同じだろう、くらいに考えていた。
だが、嫁さんにせっつかれて足を運んだお洒落な観葉植物専門店で、俺たちの常識は覆された。そこで異彩を放っていたのが、後に「ラッキー」と名付けることになる、あのカシワバゴムの木だった。
初めて見た時の感想は、「こりゃないわ」だった。
展示されているその木は、どういうわけかひときわ斜めに傾いて立っていた。シュッとしたまっすぐな木をイメージしていた俺にとって、その歪なシルエットは選択肢から真っ先に外れるものだった。「もっと手入れのしやすそうな、まともな形のやつにしようぜ」と他の木を物色し、結局その日は何も買わずに店を出た。
しかし、帰り道の車中。どういうわけか、あの斜めに傾いた姿が頭から離れない。
「……なんか、あいつ、気になるな」
心の中にビビッ!と電流が走ったような感覚。これを「運命の出会い」と呼ぶのだろうか。気づけば俺は家族に「やっぱり、あいつを買って帰ろう!」と宣言していた。
店に引き返し、改めて迎え入れたカシワバゴム。あまりの長身に、車の中でもまっすぐに立てられず、窮屈そうに横たわらせて運んだことを昨日のことのように覚えている。
名前の由来と、苦難の時期
家に着くと、娘が即座に「ラッキー!」と命名してくれた。花言葉の「永久の幸せ」にあやかっての、素晴らしいネーミングだ。ちび息子だけは「きー坊だ!」と一歩も譲らず主張していたが、最後は多数決であっけなく「ラッキー」に決定。息子には悪いが、我が家の新入りには、この幸運な名前が一番似合っていた。
しかし、新生活は順風満帆とはいかなかった。
環境の変化に戸惑ったのか、あんなに青々としていた葉が茶色く傷み始め、見るからに元気がなくなっていった時期がある。あの時は本当に申し訳ないことをしたと、胸が痛んだ。毎日様子を伺い、試行錯誤を繰り返す日々。
そんな我々の愛情が通じたのか、今では見違えるほど立派になった。リビングの特等席で、大きな、艶やかな葉を広げて、帰宅する俺たちをどっしりと迎えてくれる。今やラッキーは、単なる植物ではなく、大切な「家族の一員」なのだ。
悲劇の土曜日:バカ息子、やらかす
そんな愛すべきラッキーを、今日、あろうことか「バカ息子」が倒しやがった。
仕事から帰宅すると、家の中が妙に静か。そして、リビングの隅で肩を落としている息子の姿があった。
事情を聞くまでもない。俺が帰る前に、嫁さんからこっぴどく、雷を落とされたらしい。鉢は傾き、土が少しこぼれ、ラッキーのあの大きな葉が床に打ち付けられていた。
怒りが込み上げそうになったが、嫁さんに散々絞られた後の息子を見て、なんとか言葉を飲み込んだ。「次は気をつけなさいよ」と、極めて冷静なトーンで短く諭すにとどめた。大人の対応だ。……いや、本当は心の中で叫びたかった。
「おい、息子!勘弁してくれよ!」と。
俺がどれだけの熱量でこいつを愛でているか、お前は分かっているのか?
毎朝、仕事に行く前の慌ただしい時間に霧吹きをかけ、夜、疲れ果てて帰宅した後もまた霧を吹く。大きな葉の一枚一枚を、コットンを使って丁寧に拭き上げているのは誰だと思っているんだ。あの美しい光沢は、俺の指先の努力の結晶なんだぞ。
エピローグ:運命を壊さないでくれ
幸い、ラッキーの枝が折れるような致命的なダメージはなかったようだ。倒れた拍子に少し土をかぶった葉を、今夜も静かに拭いてやる。
カシワバゴムの木は、成長が遅い分、じっくりと時間をかけて絆を深めていく植物だ。あの斜めに傾いていたひねくれ者が、今や我が家の運勢を支えてくれているような気がしてならない。
息子よ、お前が元気に家の中を駆け回るのはいい。だが、頼む。
俺とラッキーの「運命の出会い」を、物理的に破壊することだけは勘弁してくれ。
「永久の幸せ」を壊すのは、いつだって案外身近な「不注意」だったりする。
明日の朝は、いつもより念入りに霧吹きをしてやろう。ラッキー、災難だったな。これからもよろしく頼むぞ。