今日、ようやく一つの大きな区切りがついた。
病院へ、手術後の経過観察と病理検査の結果を聞きに行ってきたのだ。
結果から言えば、経過は極めて順調。そして一番の懸念事項だったポリープは「良性」だった。
診察室を出た今、ようやく肺の奥まで深く空気を吸い込めているような気がする。
この二週間、私の頭の中は最悪のシナリオで埋め尽くされていた。
「もし悪性だったら」「もし自分の寿命がここで大幅にカットされることになったら」……。
そう考えると気が気ではなく、ふとした瞬間に足元がふわふわと浮くような感覚に襲われた。
「なるようにしかならん!」
自分にそう言い聞かせ、無理に肝を据えようとしてみるものの、現実は甘くない。もともと小心者の私だ。どれだけ虚勢を張っても、心の中のソワソワは隠しきれず、ついには子供たちにまで心配をかけてしまう有様だった。父親として情けないと思いつつも、それだけ自分にとって「家族との明日」が失われる恐怖は大きかったのだ。
病院に到着し、待合室の椅子に深く腰掛けて精神統一を図る。しかし、そんな努力も一瞬で崩れ去った。たまたま廊下を通りかかった主治医の姿が目に入った瞬間、心臓が「ビクッ」と跳ね上がったのだ。
まさに、まな板の上の鯉。首を洗って待つしかない状態だが、診察室へ呼ばれるまでの時間は、まさに「生きた心地がしない」という表現そのものだった。
やがて名前を呼ばれ、処置室へ。
ズボンを降ろし、情けない格好で待機していると、カーテンの向こう側から看護師や医師たちの慌ただしい会話が漏れ聞こえてくる。
「自分の名前の写真、準備できてる?」
「自分の名前の説明が……」
自分の名前が読み上げられるたびに、まるで宣告を待つ囚人のような心地になり、緊張感は刻一刻と増していった。
処置室に入ってきた先生は、まず手術の傷を確認してくれた。
「うん、綺麗に治ってるね」
その一言に少しだけ救われたが、本番はここからだ。次は診察室に移動して、病理の結果を聞く。私の緊張感はここでピークに達した。
しかし、先生の反応は驚くほどあっさりとした、そして温かいものだった。
「はい、これ手術の時のポリープね」
カルテに張られた写真を見せながら、先生は明るい声で告げた。
「良性だったよ! まだまだ頑張らないとだもんね! 良かった!」
その瞬間、体中の毒素が抜けていくような感覚があった。先生も、自分のことのように治療が順調に進んだことを喜んでくれているのが伝わってきた。
受診した当初、先生に対して抱いていた印象は「気が強く、サバサバしていて少し怖い人」だった。しかし、入院生活を通じて先生のタイトなスケジュールや、一分一秒を争う現場を目の当たりにし、考えが変わった。間違いが許されない医師という孤独な戦場で、彼女は常に気を張って戦っていただけなのだ。
私は、自然と口をついて出た言葉を先生に伝えた。
「大変なお仕事ですね。どうか、無理なさらないでくださいね」
すると先生は、少し照れたように笑いながらこう返してくれた。
「私、全然無理してないから(笑)。こんなにのびのびやってるよ〜」
その笑顔を見た時、心からこの先生に診てもらえて良かったと思った。
プロフェッショナルとしての厳しさと、人間としての温かさ。その両方に触れ、感謝の念が込み上げた。
最後に「ポリープがあったから、念のため大腸の検査もしておこうね」と約束し、診察室を後にした。
振り返れば、この二週間は「いぼ痔編」というにはあまりに重く、そして深い時間だった。
病気というフィルターを通すことで、普段当たり前だと思っていた「健康」や「家族との時間」、そして「他人の優しさ」を十二分に感じることができた。
痛い思いもしたし、情けない姿も晒したが、終わってみれば得たものの方が多かったのかもしれない。
明日からは、この拾ったような命を大切に、また家族のために、自分のために、のびのびと生きていこうと思う。
まずは、心配をかけた子供たちに、最高の笑顔で「大丈夫だったよ」と報告することにしよう。