昨夜、麻酔の魔法が解け始めた。

切れた瞬間に忍び寄ってきたのは、患部がシクシクと疼くような、嫌な痛み。たまらずナースコールでロキソニンと睡眠薬を処方してもらい、泥のような眠りに落ちた。

夜中にふと目が覚めたとき、そこには「天女」がいた。

完全看護とはいえ、傷口の処置からオムツの交換まで、嫌な顔ひとつせず淡々と、かつ丁寧にこなしてくれる看護師さん。眠りの浅い僕に気づき、「大丈夫ですか?」と優しく声をかけてくれるその姿には、感謝の言葉しか見当たらない。淡いブルーの制服が、本当に後光が差しているかのように見えた。

そんな献身的な看病のおかげだろうか。

手術3日目の朝、恐る恐る目を覚ますと、想像していたよりもずっと痛みは軽かった。心の中にあった重い石が、ようやく少し小さくなったような、安堵のスタート。

今日から待望の「食事解禁」となった。

といっても、一日のスケジュールは拍子抜けするほど単調だ。

朝飯を食い、眠り、本をめくる。

昼飯を食い、眠り、スマホで動画を眺める。

夕飯を食い、また本を読み、眠る。

時折、看護師さんがやってきて僕の「ケツの傷」を丹念に観察していく以外、これといってイベントはない。あれほどあわただしい日常にいたのが嘘のようだ。

病室特有の悩みだった「匂い」も、知恵で解決した。

妻に頼んで持ってきてもらったお気に入りの香水。それを手持ちのタオルにひと吹きし、枕に巻きつける。それだけで、周囲に漂っていたあの独特な尿の匂いはシャットアウトされ、そこだけが自分の居場所になったような安心感に包まれた。

人間、慣れとは恐ろしいものだ。

あれほど気になっていた同室のおじいさんたちの独り言も、夜中の寝言も、今では遠くの川のせせらぎ程度にしか感じない。初日の夜、あまりの心細さと環境の変化に「早く帰りたい」と泣きそうになっていた自分に教えてやりたい。「大丈夫だ、お前は数日で、このカオスを日常に変えてしまう図太さを持っているぞ」と。

けれど、平穏が訪れると今度は別の敵が現れた。

「退屈」という名の病だ。

まだ3日目。されど3日目。

あまりにも単調で、あまりにも静かすぎる。

窓の外に広がる、当たり前だった「シャバ」の空気が恋しい。

あの騒がしい工場、家族の笑い声、冷えたビール。

何もしなくていい贅沢を噛み締めるべきなのだろうが、人間とは勝手なもので、自由を奪われると途端にその価値を痛感してしまう。

天女のような看護師さんに感謝しつつ、香水の香りに身を委ね、僕はまた次の食事の時間を待つ。

早く、あの騒がしくも愛おしい日常へ帰りたい。