酒を断ってから、およそ4か月が経とうとしている。
振り返れば、かつての自分は「どうしても酒を飲まなければ一日が終わらない」という強迫観念に支配されていた。しかし、ようやくその呪縛から解放されつつある。たまに喉の奥が「ビールを飲みたい」と疼く瞬間はあるものの、キンキンに冷えたノンアルコールビールを喉に流し込めば、暴れそうになる欲求も大人しく収まってくれるようになった。
今の自分にとって、ノンアルコールビールはまだ手放せない「命綱」のようなものだ。いつかはこの一本からも卒業し、水やお茶だけで平然と過ごせるようになれば万々歳なのだろうが、今は焦る必要はない。一歩ずつ、確実に進んでいるのだから。
最近、職場の女性から「ずいぶん痩せたね、どうしたの?」と心配そうに声をかけられた。鏡を見ると、確かに顔のラインが以前より鋭くなり、少しこけたようにも見える。しかし、実際の体重は1キロたりとも変わっていない。いかにこれまでアルコールによって全身が浮腫(むく)んでいたか、その証左だろう。見た目の変化は、体内から毒が抜けている証拠だと、前向きに捉えることにしている。
何より嬉しい変化は、日常の解像度が上がったことだ。
ノンアルコールビールを片手に読書に耽り、映画を鑑賞する。そんな当たり前の時間が、今は心底愛おしい。酒に溺れていた頃も、本を読み、映画を観てはいた。だが、その内容は驚くほど記憶に残っていない。いや、正直に言えば「全く覚えていない」と言っても過言ではない。どんな歴史的名作も、アルコールの霧の中に霧散し、ただ時間を浪費するためだけの道具に成り下がっていた。
失ったのは記憶だけではない。家族との会話も、同僚への接し方も、きっと「聞いているふり」をしていただけで、誠意など欠片もなかったのだろう。自分を肯定するために酒を煽り、酔いに任せて振る舞っていたあの時間は、あまりにも無駄だった。もちろん、酒に救われた夜が皆無だったとは言わない。だが、今、冷静な頭で振り返れば、失ったものの大きさに戦慄する。これからは、そのロスした時間を取り戻すべく、一分一秒を丁寧に生きていかなければならない。
睡眠の質も、劇的に改善した。
かつての「気絶」のような寝落ちはなくなり、布団に入ってからの寝つきは以前より遅くなった。しかし、翌朝の感覚がまるで違う。目が覚めた瞬間、身体の疲れがリセットされている実感があるのだ。
しかし、こうして「良くなったこと」を列挙できる一方で、深刻な悩みが一つ浮上している。
酒を止めた代わりに、底なしの「食欲」が牙を剥き始めたのだ。
これが本当に、自分でも驚くほど止まらない。
朝食をしっかり平らげても、仕事中に間食が欲しくなる。昼食も人並み以上に食べる。それなのに、帰宅するなりお菓子やパンを貪り食ってしまうのだ。そして、その数時間後には夕食を腹一杯詰め込む。かつては全く興味がなかった「甘い物」にも手が伸びるようになり、今や「甘い・しょっぱい」の無限ループに陥っている。
肝臓を酒から救い出したと思ったら、今度は胃や他の臓器をパンクさせてしまうのではないか。そんな不安が頭をよぎる。酒の次に現れた敵は、あまりにも強大だ。何か病気ではないかと疑いたくなるほどの飢餓感。酒という快楽の代償を、脳が別の形で求めているのだろうか。
このままではいけない。
明日からは「実験」を開始しよう。家で腹が減ってどうしようもなくなったら、ひたすらキャベツの千切りをかっ食らうことにする。物理的に腹を膨らませ、この異常な食欲を飼い慣らす。それが今の自分に課された新たな試練だ。
起きていると、また何かに手を伸ばしてしまいそうだ。
余計なことを考える前に、そして何かを口にする前に、今日はもう寝ることにしよう。
明日の朝、スッキリとした目覚めが待っていることだけを信じて。