「おはようございます」という自分の声が、どこか他人のもののように上ずって聞こえた。今日から、2週間に及んだ療養生活を終え、職場へと復帰した。

たった14日間。数字にすれば短いその月日が、これほどまでに世界の解像度を変えてしまうものだろうか。工場の入り口をくぐり、使い慣れたはずの作業服に袖を通す。しかし、その感触すらも、まるで初めて触れる未知の素材のように指先に違和感を残す。手に取る工具の一つひとつが、まるで博物館の展示品を眺めているかのような遠い存在に感じられ、「これ、どうやって使うんだっけ?」という呆然とした問いが頭を支配する。

世間ではよく「頭は忘れていても、身体が覚えているものだ」なんて格好のいいことが言われるが、今の自分にはその格言すらも当てはまらない。頭も、そしてこれまで何万回と繰り返してきたはずの身体の動きも、真っ白なキャンバスに戻ってしまったかのようだ。一日のタイムスケジュール、優先順位の付け方、周囲との阿吽の呼吸。それらすべてが霧の向こう側に消えてしまい、まさに竜宮城から戻ったばかりの浦島太郎のような心境で立ち尽くしている。

それなのに、無情にも現場の現実は待ってくれない。作業机の上には、休む前と全く変わらない——いや、むしろ増えているのではないかと疑いたくなるほどの山のような作業内容が、当たり前のような顔をして鎮座している。現場の熱気や金属の匂い、慣れ親しんだはずの喧騒が、今は暴力的なまでの情報量となって五感を叩く。

ふと、情けない考えが頭をもたげる。

「ああ、休む前に戻りたい……」

しかし、そう願った瞬間に、あの「魔の6人部屋」の光景が脳裏をよぎり、即座に首を横に振る。あの部屋は、単なる入院生活以上の過酷さがあった。6人部屋のうち、自分を除いた同室者のうち4人が認知症を患っている方々だった。昼夜を問わず繰り返される独り言、不意に鳴り響くナースコール、そして時折訪れる混乱の渦。プライバシーが皆無なだけでなく、精神的な安らぎすらも遠い、あの異質な空間。あそこに戻ることだけは、何があっても御免だ。

ならば、退院した後の、あの穏やかな自宅療養の1週間に戻りたい。

家族の気配を感じながら、お気に入りの本を読み、ノンアルコールビールを喉に流し込んでいた、あの静かな時間。しかし、その記憶には必ず「恐怖」というスパイスが混じっている。病理検査の結果を待つ、あのじりじりとした、生きた心地のしない不安。自分の身体の中に何が潜んでいるのか、未来がどちらに転ぶのか分からない暗闇の中で震えていたあの日々。あれをもう一度繰り返す勇気は、今の自分にはない。

結局のところ、私は「今」というこの浦島太郎状態を、不器用にしがみついて生きていくしかないのだ。

バカげた妄想を頭の中でぐるぐると回転させながら、私はおぼつかない手つきで最初の作業に取り掛かる。一度にすべてを思い出そうとするのはやめよう。まずは目の前の一個、目の前の一工程。初めて触るものだと思って、また一からこの手になじませていけばいい。

あの喧騒とした病室でもなく、結果に怯える孤独なリビングでもない。

混乱して、頭が回らなくて、情けないほど戸惑っているけれど、ここは間違いなく私が帰るべき日常の戦場なのだから。

今日というリハビリのような一日を、まずは無事に終えること。

浦島太郎は、玉手箱を開けて老人になるのではなく、一歩ずつまた「現代」の住人へと戻っていく道を選ぼうと思う。