今日、ホームセンターの片隅で、枯れかけて300円で売られていたガジュマル君を見つめていた。かつての自分を見るようで放っておけず、ダメ元で連れ帰って育てていたのだが、今では見違えるほど立派な葉を茂らせている。その力強い生命力に、今はただ、うっとりと見惚れてしまう。植物は裏切らない。手をかければ応えてくれる。……翻って、我が職場はどうだろうか。
私は今、会社では完全なる「蚊帳の外」だ。ただの作業者。それでいいと割り切っている。今の私にとって、仕事など優先順位のランク外だ。家族、そしてプライベートこそが人生の最優先事項。使える権利はすべて使い切り、定時になればさっさと帰る。そんな姿勢で日々を過ごしている。
なぜ、ここまで冷淡になれたのか。それは入社してからこの10年間、会社から受け続けてきた凄惨な冷遇の歴史があるからだ。今日、ふと思い立ってその「仕打ち」を書き出してみたが、筆を動かすたびに当時の煮えくり返るような怒りが蘇ってきた。
暴力と罵声が日常だった暗黒期
始まりは入社してわずか3ヶ月の頃だった。やり方も教わっていない、初めての仕事を任された時のことだ。経験がないのだから、上手くできないのは当然だろう。しかし、現在のTC課長は、あろうことか私の胸倉を掴み、力任せに揺さぶりながら謝罪を強要した。あの時の、理不尽な恐怖と手の感触は今でも忘れられない。
また、ある時は別の改善のために、上司の了承を得て15分早く出社した。少しでも工程をスムーズに回そうという、当時の私なりの「やる気」だった。しかし、現場の状況を何一つ知らないTC課長は、私を見るなり「汚いことするな!」と罵声を浴びせてきた。現在は経営陣の許可を得て自分の判断で時間をコントロールしているが、あの当時は良かれと思って動くことすべてが、彼らにとっては攻撃の対象だったのだ。
酒の席すら地獄だった。忘年会で酔ったTC課長は、これ幸いとばかりに私に絡んできた。「お前がしっかりしないから、皆が迷惑しているんだ!」「これからの我が社はな……!」と、滔々と説教を垂れ流す。私の尊厳を削りながら飲む酒は、さぞかし美味かったことだろう。
独裁者の理不尽と、歪んだ「正論」
会社のトップ層、いわゆる「独裁者」である副社長からの仕打ちも枚挙に暇がない。
下の子が生まれた直後の朝礼のことだ。閉会の空気が漂う中、副社長は突如として全社員の前で私を指差し、「おめ~、なんか言うことあるろ!」と無茶振りをかましてきた。祝う気など微塵もない、ただ晒し者にして反応を楽しむような、悪意に満ちた煽りだった。
さらに、業務上の明らかな間違いを指摘すれば、「おめ~は俺の言われたことだけやってればいいんだ!」と、顔を真っ赤にして怒鳴り散らされる。建設的な議論など、この会社には存在しない。
忘れもしないのは、直属の上司が怪我をした時のことだ。痛みを堪えて働く上司に「大丈夫ですか?代わりましょうか?」と声をかけた。上司は「大丈夫らよ、やれるから」と言ったので、私は別の持ち場の仕事に当たっていた。ところが、その隙に現れた副社長は、事情も聞かずに「ちゃんと手伝わんきゃだめらろうが!この怠け者!」と怒鳴りつけ、こちらの弁解を一切許さぬスピードで立ち去っていった。
職場移動の際もそうだ。人間関係のトラブルで交代要員として出された際、上層部から投げかけられた言葉は「そんがとこで怠けてたってしょうがねぇから、あっちで仕事しろ!」という、努力を全否定するような辞令だった。
そして極めつけは、私の体が悲鳴を上げた時だ。月4日の休みという過酷な労働環境で、重労働を強行し続けた結果、私は腰、肩、肘をすべて壊した。医者に掛かり、やむを得ず休日出勤を断って調整していた時、デスクワークしかしていないI課長が詰め寄ってきた。
「なんで協力しねんだ!皆、どこか痛くても仕事してるんだぞ!」
自分の体調管理もできない奴と言わんばかりの剣幕。血も涙もないとは、まさにこのことだ。
突然の「飴」という名の不気味な変化
このように、口は出すが手は見せない、やる気もないがケチだけはつける。それが我が社の上層部のスタイルだった。私が機転を利かせ、誰でも楽に作業ができるよう業務改善を提案しても、現場を知らない奴らからなめられ、ケチをつけられ続けてきた。
しかし、最近になってどうも様子がおかしい。あの独裁者を含む経営陣の態度が、急変したのだ。
私たちの部署は、設備の更新や修理において、常に他の部署に後回しにされてきた。冷遇の象徴のような場所だった。ところが、ここ数ヶ月で、昔から出し続けていた購入依頼や修理依頼に、突然「一括で」許可が下り始めた。
さらには、これまでは内容を理解していない部長や常務が独占していた工事の立ち合いや、専門的な資格・講習会の受講まで、「現場(私たち)の人間が行け」とのお達しが出たのだ。
普通なら喜ぶべき変化かもしれない。しかし、10年間のパワハラ・モラハラを経験してきた身からすれば、この「甘い飴」は不気味すぎて吐き気がする。
独裁者は管理職全体に対し、「彼らにはもっと責任のある仕事をしてもらわなければいけない」と発信したらしい。
その結果、何が起きたか。
現場の重要性が増した(と勘違いした)経営陣の寵愛を受ける私たちに対し、プライドだけは高い「ポンコツ部長」二人が、すれ違うたびに無言でこちらを睨みつけてくるようになったのだ。
望んでもいない不気味な優しさ。その裏にあるのは、さらなる責任の押し付けか、あるいは使い潰すための新たな包囲網か。いずれにせよ、今年の下半期はまた別のベクトルでの地獄が待っていそうな予感がする。
それでも、私は「蚊帳の外」を貫く
会社がどう変わろうと、飴を差し出そうと、私の心はもうここにはない。10年かけて冷え切った忠誠心が、数件の修理許可程度で温まるはずがないのだ。
彼らが「責任ある仕事」を期待しようが、私はあくまで「作業者」としてのラインを崩さない。家族を守り、自分の時間を守る。そのための権利は、これからも強硬に行使し続ける。
部屋の片隅で、青々と葉を広げるガジュマルを見つめる。
300円で売れ残っていた君も、冷たい雨に打たれ続けた私も、生き残るために必死だった。
君の成長は私の喜びだが、会社の「成長」や「変化」に、私はもう一喜一憂しない。
どんなに睨まれようと、どんなに気持ちの悪い飴を差し出されようと、私は私の大切なものだけを見て生きていく。それが、この10年という地獄を生き抜いてきた私が出した、唯一の答えなのだから。