今日も一日が終わろうとしている。時計の針はもう、眠りにつくべき時間を指しているが、頭の中では二つの選択肢が激しく火花を散らしている。

今、私は人生の大きな分岐点に立っている。自分を「海老工船」に乗っているようなものだと例えてしまうのは、今の仕事がそれだけ過酷だからだろう。現在の職場は家からも近く、物理的な距離という点では恵まれている。しかし、年間休日は101日。残業も常態化しており、機械化はされておらず、ほとんどの作業を人力で行う。体力と精神をじりじりと削り取る日々だ。収入面だけを見れば、今の場所にとどまる方が手堅いのかもしれない。だが、ふと立ち止まって自分の体を見つめ直すと、寒気に襲われるような不安が込み上げてくる。

この仕事を、65歳、あるいは70歳まで続けられるだろうか?

答えは、否だ。今の職種は、老いていく体に鞭を打ち続けて完遂できるほど甘いものではない。その上、退職金の制度も不安定で、長年尽くした先に何が待っているのかという確証が持てない。まさに「今」を切り売りして、「未来」の保証がない崖っぷちを歩いている感覚だ。

そんな折、一つの選択肢が浮上した。異業種への転職だ。

提示された条件は、今の自分からすれば眩いほどに映る。年間休日は120日に増え、残業は基本的にゼロ。福利厚生も手厚く、利益はボーナスとして還元されるという。もしここへ移れば、家族と過ごす時間は劇的に増えるだろう。夕食を囲み、子供たちの成長を肌で感じ、心にゆとりを持って向き合うことができる。

しかし、慎重な自分が心のどこかでブレーキをかける。

「ボーナスという確約のない収入に、人生を預けてしまっていいのか?」という問いだ。

月々の基本給が下がるリスクを、不透明な利益還元で補えるのか。家族を養う身として、その「不確定要素」はあまりに重い。勢いだけで飛び込むには、私はもう若くない。40歳という年齢は、世間一般で見れば転職のラストチャンスと言えるだろう。ここで失敗すれば、次はない。家族を路頭に迷わせるわけにはいかないという責任感が、決断を鈍らせる。

「安定した今の収入」か、「未来への持続性と家族との時間」か。

どちらを選んでも、何かしらの後悔は付きまとうのかもしれない。今の自分には、その重みに耐えうるだけの時間も、気持ちの余裕も、圧倒的に不足している。

答えが出ないまま、思考は堂々巡りを繰り返す。窓の外は静まり返っているが、私の内側ではまだ嵐が吹き荒れているようだ。だが、いくら悩んだところで明日は無慈悲にやってくる。午前五時には起床し、またあの「工船」へと向かわねばならない。

今はただ、この疲弊した脳を休ませよう。

布団に入り、目を閉じれば、少しは景色が変わって見えるだろうか。

明日の朝、冷たい空気の中で目を覚ました時、少しでも前向きな直感が降りてくることを願って。

おやすみなさい。また明日、五時に。