同じ部署の先輩が、見るからに体調を崩して早退していった。

話を聞けば、うちの現場ではもはや常備薬、あるいは「仕事道具」の一つとさえ言えるロキソニンを飲んで粘っていたらしい。けれど、今日はその「守護神」すらも歯が立たなかったようだ。

その姿を見て、かつての自分を思い出さずにはいられなかった。

私も以前、毎日ロキソニンを流し込みながら現場に立っていた時期がある。飲み始めのうちは、それこそ「神が与えし薬」だと思ったものだ。どんな痛みも倦怠感も、銀色のシートから一錠取り出せば、魔法のように消えてなくなる。鉄の匂いと熱気に包まれたこの工場で、止まってはいけないラインを守るための、それは唯一の頼みの綱だった。

しかし、魔法には必ず代償がある。

毎日飲み続けていると、あんなに鮮やかだった効き目は少しずつ、確実に薄れていく。身体が薬に慣れてしまうのか、それとも薬で蓋をしていた疲労が、蓋を突き破るほどに膨れ上がってしまうのか。最後には、薬を飲んでも治まらないどころか、脳を直接締め付けられるような猛烈な頭痛に襲われた。あの時の、視界が歪むような感覚は今でも忘れられない。

今日、早退する直前の先輩の顔は、痛みのせいか、あるいは責任感との板挟みのせいか、酷く引きつっていた。

たまらず、「いっそ身体を休めるために、2、3日思い切って休んでもいいんですよ」と声をかけた。本心だった。現場は回るし、どうにかなる。それよりも、壊れてしまったら代わりはいないのだから。

けれど、先輩は「みんなに迷惑をかけるから……」と、消え入るような声で、申し訳なさそうに繰り返して帰っていった。

おそらく、明日の朝にはまた、無理にでも顔を出すのだろう。顔色を隠しながら、またロキソニンの力を借りて。

「休んだら迷惑がかかる」という考えが骨の髄まで染み込んでいるのは、ある意味、この会社の社員教育が完璧に行き届いている証左なのかもしれない。責任感という名の鎖が、彼を現場に繋ぎ止めている。

重い鉄板の上を歩き、粉塵の舞う中で働き続ける毎日。

真面目な人間ほど、自分の削り節を会社という機械の潤滑油にしてしまう。

どうか、彼のその献身が、単なる消耗で終わりませんように。

会社という組織のために自分を後回しにするその優しさと強さが、いつか正当な形で報われる日が来ることを、今はただ、切に願っている。