アルコールとのお付き合い。
今日もまた、夕闇が街を包み始める。それと同時に、私の喉の奥には得体の知れない「渇き」が芽生え出す。仕事の終焉を告げるタイムカードの打刻音、休日の昼下がりが黄金色に染まる時刻、そして食卓に並ぶ夕飯の香り。それら全てのスイッチが、私の脳内で「ビール」という快楽へと直結している。
「むしょうに飲みたい」という衝動は、もはや喉の乾きではなく、魂の叫びのようにさえ感じる。身体に悪いことなど、百も承知だ。肝臓への負担、睡眠の質の低下、そして何より今、私の身体は「いぼ痔」という明確な炎症を抱え、絶賛暴れ中なのだ。アルコールが血管を広げ、患部を腫れ上がらせ、痛みを増幅させる。身体は悲鳴を上げている。それなのに、冷蔵庫の奥で冷えるあの缶の感触を想像しただけで、理性がもろくも崩れ去っていく。
飲んでいるその瞬間は、確かに至福だ。プシュッという小気味よい開栓音、喉を突き抜ける炭酸の刺激、そして脳がふわっと解き放たれるあの独特の浮遊感。あの「雰囲気」さえあれば、一日の疲れも、将来への不安も、すべて琥珀色の泡の中に消えていくような気がする。
しかし、魔法が解けた翌朝、待っているのは地獄のような自己嫌悪だ。 重くのしかかる倦怠感、そして「また約束を破ってしまった」という自分への不甲斐なさ。鏡に映る冴えない顔を見ては、がっかりし、昨日までの自分を呪う。昨夜の自分は「今日だけは特別だ」と自分を甘やかしたが、その「特別」が毎日繰り返されている事実に、背筋が凍る思いがする。
かつては、アルコールと程よい距離を保てているつもりだった。社交の道具として、あるいはたまのご褒美として、コントロール下に置けていると信じていた。だが、それは傲慢な思い込みだったのだ。アルコールはまぎれもなく薬物であり、一度その快楽の味を刻み込まれた脳は、容易には忘れてくれない。一度火がついた渇望は、意志の力という貧弱なバケツの水では消し止められないほどに燃え広がっている。まさに、悪魔の飲み物だ。
理想を言えば、この鎖を断ち切り、アルコールと完全に「さよなら」したい。 清々しい朝を迎え、健康な身体を取り戻し、自分を律することができているという自信を手にしたい。しかし、今の自分に「一生断酒」という高い壁は、絶望的なほどに遠く見える。
だからこそ、まずは「週1、2回」という、現実的な停戦協定を結びたい。 毎日のルーティンから、特別な贅沢へと、お酒を本来の位置に押し戻す闘いだ。我慢の先にある「本当の健康」と「自分への信頼」を、喉を鳴らすあの一瞬の快楽よりも価値のあるものだと、自分の脳に再教育していかなければならない。悪魔の囁きに耳を塞ぎ、泥沼から這い上がるための挑戦は、今日、この瞬間から始まる。