目指せ。習慣化。
ある著名なYouTuberの言葉に、私は深く感銘を受けた。「1日400〜700文字の文章を書きなさい」「議題は何でもいい」——。 シンプルだが、本質を突いたその提案に、私は重い腰を上げることにした。思えば、これまでずっと「書くこと」から逃げ続けてきた。しかし、逃げるための言い訳を並べる前に、まずは今、私が直面していた「物理的な障壁」について、懺悔(ざんげ)の念を込めて記録しておこうと思う。
指先が「燃え上がった」瞬間
実は、左手の中指の先端が鉄の塊に挟まれ、無残に損傷してしまったのだ。結論から言えば、指先が折れた。 入社してから2度目の骨折であり、あろうことか前回と全く同じ箇所の骨折である。鉄の塊に押し潰された瞬間、指先がカッと熱くなり、まるでそこだけが激しく燃え上がっているかのような激痛が走った。
やがて痛みは鈍い疼きへと変わり、爪の下にはどす黒い血豆が広がり、指先はパンパンに腫れ上がった。2度目ともなると、どこか冷静な自分がいて「ああ、またやってしまったか」と状況を俯瞰しているのだが、それでも痛いものは痛い。水でどれほど冷やしても、鋭い痛みが神経を逆撫でしてくる。 あえて医者には行っていないが、経験から確信している。これは確実に折れているし、神経もいくらか断裂しているはずだ。
不自由な左手と、日常の綻び
この負傷により、私はキーボードを叩くという行為から遠ざからざるを得なかった。指先がキーに触れるたび、脳に電撃が走るような痛みが走るのでは、まともな文章など書けるはずがない。
日常生活においても、左手の中指一本が使えないだけで、これほど不便を強いられるとは思わなかった。物を持とうにも繊細な力加減が効かず、不意に物を落としてしまう。両手で行う作業も、無意識に左手を庇うため、全体のバランスが崩れて効率が著しく落ちる。 さらに家庭内では、我が家の「バカ息子」が、よりによって怪我をしている中指を的確に引っ張ってくるという悲劇にも見舞われた。その瞬間の絶望感は言葉にできない。
中でも一番のストレスだったのは、毎日の洗髪だ。 左手が使えず、右手一本で頭を洗うのだが、どうしても隅々まで指が届かない。洗いきれていないような、なんとも言えない不快感が頭皮に残り、それが一日中の精神的な澱(おり)となっていた。
「ダメな自分」への決別
しかし、時は流れ、身体の再生能力は少しずつ私に自由を取り戻させてくれた。 血豆の箇所から爪が剥がれかけ、痛々しい姿ではあるが、ようやく中指をタイピングの戦力として数えられる程度には回復してきたのだ。
指の痛みという「盾」は、もう通用しない。 私は今日から、毎日30分、400文字以上の文章を綴ることを自分に課したいと思う。 「書くことがない」「時間がない」「体調が悪い」……。 これまで積み上げてきた無数の言い訳を、この剥がれかけた爪とともに捨て去るのだ。
習慣化。それは私にとって最も高い壁かもしれない。 「やるんだ、自分!」 「ダメな自分に、今日でさようならだ!」 そんな威勢のいい言葉を自分に投げかけながら、心の中の弱気な自分がそっと付け加える。
「……せめて、最低でも3日に一度は更新しよう」
目標は高く、しかし挫折しない程度に。 指先の再生とともに、私の「書く習慣」もまた、ここから新しく始まろうとしている。40歳の秋、不自由な左手で刻む最初の一歩である。