わが社は、ハローワークに年がら年中、求人票が出っぱなしになっている。 実際の現場といえば、仕事に対して人はむしろ余っている状態だ。増員の必要などどこにもない。それなのに、会社のお偉いさん方は三ヶ月ごとの更新を欠かさず、常に「新しい血」を誘い込み続けている。

そんな虚飾の求人票に魅力を感じ、一人の「探検家」がやってきた。年齢は50歳。 会社見学に訪れた際、私は見てしまった。彼の顔に溢れ出る、期待と夢に膨らんだ満面の笑顔を。

その笑顔が、これから無残に崩れ去っていくのかと思うと、胸が締め付けられる。 「その求人票、嘘ですよ! ボーナス前年度実績4ヶ月なんて、真っ赤な嘘ですよ!」 喉元まで出かかった言葉を、私はどうにか飲み込んだ。

彼は見学を終えるなり、「ぜひ面接を希望したい」と高揚した様子で帰っていったという。そして数日後、面接開始わずか10分で採用が決まった。 わが社の採用モットーは、志などではない。単なる「来るもの拒まず」だ。 「まだ引き返せる! 止めておけ! 会社パンフレットに書いてある『アットホーム』という言葉。そこが一番ヤバいんだから。本当に、引き返すなら今だ!」 心の中で叫んでも、事態は無情にもトントン拍子に進んでいく。


無責任という名の配属先

期待に胸を膨らませて入社を決めた新人さん。しかし、迎える側の内情はあまりに酷いものだった。 求人を出し続けているから採用はしたが、そもそも現場に空きなどないのだ。配属先が決まっていないのである。

TZ常務は「誰か、この人が必要な部署があったら教えてくれ」と社内全体にアナウンスを流したが、どこからも手が挙がらない。それどころか、TK課長は裏で「なんでこんな歳いった人を採るんだ」と陰口を叩き始めている。60歳まで応募可として求人を出しているのは会社だというのに、その矛盾に誰も声を上げない。 新人さんが来る前日には、社内で彼の話題を出す者すらおらず、まるで「見たくない臭い物」のように扱われていた。

人の人生がかかっているというのに、この無責任さ。これが、私の勤める会社の正体である。


「人でなしの国」の洗礼

過去を振り返れば、最短3日で去っていった者もいた。 それなりのキャリアを持った普通の方が入社してきたときのことだ。育てる気など微塵もない両課長は、人前で「いい年してこんなこともできないのか!」と彼を罵倒した。

一度「ダメな奴」というレッテルを貼られれば最後だ。課長の取り巻き連中は彼を無視し続け、「教えたのに何も覚えない」「何も任せられない」と根も葉もない噂を流した。組織的な嫌がらせによって心身ともにボロボロにされ、彼は去っていった。 会社側は、それを助けることもなければ、嫌がらせをした側を咎めることもなかった。

下手に出れば馬鹿にされて潰され、少しでもセンスがあれば、その芽が育つ前に徹底的に踏みつぶされる。それが「コノカイシャ」のルールなのだ。

夏目漱石は『草枕』の一節でこう書いた。 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」 もし、漱石がこの会社を見たら、ここを「人でなしの国」と呼ぶのではないだろうか。


新人さんへ、せめてもの祈り

明日からやってくる新人さん。 私はあなたに、何一つ具体的な助けを差し伸べることはできない。私自身、この場所で生き延びるのが精一杯だからだ。 けれど、せめて心の中でだけはアドバイスを贈りたい。

「新人さん。もし、ここが違うと思ったら、すぐに逃げるんだぞ。 あなたの笑顔が消え、心が壊れてしまう前に、一刻も早くここを立ち去るんだ。 私はあなたを助けられない。けれど、どうか、くれぐれも『コノカイシャ』にだけは、潰されないでくれよ」

期待に満ちたその笑顔が、灰色の現実に呑み込まれていくのを、私は明日もまた、無力な傍観者として見つめることになりそうだ。