この一週間、我が家は嵐の中にいた。
「我が家のアイドル」であり、太陽のような存在である愛犬のcoが、不慮の事態に見舞われたのだ。
先週の水曜日だった。家の中に、聞いたこともないような大きな悲鳴が響き渡った。慌てて両親が駆けつけたとき、coは右の後ろ脚を引きずっていたという。転倒したのか、何かに強く衝突したのか。本犬にしか分からない原因だが、その姿は一目で異常だと分かるものだった。
近所の動物病院へ担ぎ込むと、診断は「右後ろ脚の脱臼」。しかし、そこでは治療の範疇を超えているとのことで、診断書とレントゲンデータを持って大きな病院へ行くよう促された。
その晩、coは三本脚で必死に動こうとしていた。関節が素人目にも分かるほど前方へズレてしまっている。どれほどの激痛だろうか。それなのに、彼女は痛みをこらえ、いつものように「撫でて」とこちらに身体をすり寄せてくる。
我が家に来てからの7年間、大きな病気も怪我もなく、天真爛漫に過ごしてきたco。そんな彼女が、なぜこんな痛々しい姿に……。すり寄ってくる柔らかな感触に、こらえきれず涙が溢れた。
翌日、紹介された片道1時間ほどかかる市内の大きな病院へ向かった。
親父の運転する車の中、coは痛みと不安のせいか、三本脚で何度も立ち上がろうとしてはバランスを崩し、倒れそうになる。僕は隣で必死にその身体を支えた。
「大丈夫だ、co。絶対治るからな」
何度も、何度も、彼女が聞き飽きるくらい繰り返した。自分に言い聞かせるためでもあった。病院の待合室でも、座ることすらままならない彼女の姿を見ていると、心臓を直接締め付けられるような感覚に陥った。
診察室に呼ばれ、診察台に載せられる。先生の診断は早かった。
「間違いなく右後ろ脚の脱臼です。手術が必要です」
そして、こう続けた。
「手術をすれば、激しい運動は控えてもらいますが、これまで通り歩けるようになりますよ」
その言葉に、暗闇の中に光が差したような気がして、心の底から安堵した。
しかし、自分の心を激しく揺さぶり、情けなさに突き落とされたのは、その後のことだった。
先生が去り、スタッフの方から具体的な説明が始まった。手術の日程、誓約書、術後の管理……そして、最後に提示されたのは「金額」だった。
自分の中では、どこかで「15万から20万くらいだろう」と高を括っていた。
甘かった。
概算の書類に並んだ数字は「40万円プラスα」。
一瞬、思考が止まった。表情には出さないよう努めたが、内心は激しく動揺した。
今の自分の経済力で、即座に彼女を救えるのか。
「3年ローンなら……」という言葉が頭をよぎる。愛する家族の一員であるはずのcoの命と未来を前にして、真っ先に「金」の算段を始めてしまった自分。口では「大丈夫、治る」と言いながら、現実の数字を突きつけられた途端に立ち止まってしまった。
そんな僕の隣で、迷いなく言葉を発したのは親父だった。
親父は、金なんかに人生を揺さぶられるような生き方をしていない。ただ一点、家族を守ることだけを見据えていた。
「治るなら、お願いします」
潔い、あまりに格好いい一言だった。
帰りの車中、親父の横顔を見ながら、僕は自分の惨めさを噛み締めていた。
言葉では心配し、心の底からcoを愛しているつもりだった。けれど、いざという時に力になれない。金が頭をよぎって決断を躊躇してしまった。
愛犬を救う力すら持たない自分の不甲斐なさが、情けなくて仕方がなかった。
何を考えて家まで帰ってきたのか、正直なところ記憶が曖昧だ。
coは、手術を受ければまた歩けるようになる。
それが一番の救いであり、何より優先されるべきことだ。
けれど、今回の出来事は僕の心に深い楔(くさび)を打ち込んだ。家族を守るとはどういうことか、本当の意味で「力を保つ」とはどういうことか。
coの細い脚と、親父の背中。
この一週間の光景を、僕は一生忘れることはないだろう。
co、待ってろよ。お前がまた元気に走り回れる日まで、今度は俺が支える番だ。そして、次は自分が迷わず大切な存在を守れる男にならなければならない。