春の穏やかな朝、我が家は危うく灰になるところだった。

家を建ててから、まだわずか5年。人生最大の買い物であり、家族の城でもあるこの家が、一瞬にして失われる恐怖をこれほど身近に感じたことはない。今回の騒動の舞台となったのは、皮肉にも私がこの家で最も「スマートで合理的だ」と気に入っていた場所、キッチンの備え付け収納棚である。

設計段階での私は、理想に燃えていた。「生活感を徹底的に排除したい」というのが私のこだわりだった。電子レンジ、オーブントースター、炊飯器、ケトル。どれも生活に欠かせないものだが、並べておけばどうしても「所帯じみた空気」が出てしまう。そこで、それら全てを一つの大きな棚に収め、曇りがかったアクリル板の引き戸でシャットアウトする構造にしたのだ。

扉を閉めてしまえば、中がどれほど雑然としていても外からは見えない。「汚いもの、煩わしいものは見えないようにしてしまえば全て解決」という、めんどくさがりな私にとっては、まさに魔法の箱のような収納棚だった。だが、住み始めてから5年。その魔法は少しずつ、綻びを見せ始めていた。

まず、物理的なレイアウトの問題だ。

実際に家電を配置してみると、どうにも収まりが悪い。我が家の電子レンジは、多機能ではないごくシンプルな小型モデルだ。それなのに、オーブントースターと並べて置くだけで棚の中はパンパンになる。昨今人気の大型で高機能なスチームオーブンレンジなど、最初から検討の余地すらない。もし無理に詰め込めば、排気熱が逃げ場を失い、周囲の合板をじわじわと焦がし、炭化させていたことだろう。

さらに、この棚の作り込みの甘さにも、日頃から小さなストレスを感じていた。棚の角という角が、驚くほど鋭利なのだ。慌てて作業をしている時に手が少し触れるだけで、皮が剥けるほど痛い。見た目のスタイリッシュさを優先しすぎた弊害だろうか。生活の道具としての優しさが欠けている。

しかし、そんな不満など、今日起きた「最大の問題点に比べれば些末なことだった。

その問題とは、致命的なまでの「電力容量と口数の不足」である。

炊飯ジャー、電子レンジ、オーブントースター、電気ケトル。この四種の神器が並ぶスペースがあるにもかかわらず、用意されていたのは15Aの電源が一つ。差し込み口はわずか二つ。設計段階でなぜこれに疑問を抱かなかったのか、当時の自分を小一時間問い詰めたい。どれか一つが動けば10A近くを消費するような家電たちがひしめき合っているのに、家一軒を支えるメインステージの電源がこれでは、あまりに貧弱すぎる。

なるべく同時には使わないように

そんな窮屈なルールを自分に課し、これまで騙し騙しやってきた。しかし、朝の戦場のような時間帯や、空腹に耐えかねて急いで調理を進めている時、不注意は牙を剥く。

それ」は、唐突に訪れた。

リビングに漂う、得体の知れない異臭。ビニールやプラスチックがじりじりと熱で溶け、化学変化を起こしたような、鼻を刺す嫌な匂い。

そして、耳を澄ませば聞こえてくる「ジージーという不気味な放電音。

嘘だろ……

頭の芯が冷たくなるのを感じながらキッチンへ駆け寄る。その時、ちょうど電気ケトルでお湯を沸かしていた。音が聞こえるのは、あの「魔法の棚」の中だ。

アクリル板の扉を勢いよく開けると、異臭は一気に濃くなった。震える手で家電の隙間を覗き込むと、そこには見るも無惨な光景があった。

壁面のコンセントの一口が、どす黒く焦げ付いている。熱によって周囲のプラスチックが歪み、いまにも火が吹き出してもおかしくない状態だった。ケトルとレンジ、あるいは炊飯器。何気なく重ねてしまった負荷が、コンセントの許容範囲を完全に超え、限界を迎えた証拠だった。

……最悪だ。

膝から崩れ落ちそうになる。目の前にある焦げたコンセントを見つめながら、私はただ途方に暮れた。

もし、これが外出中だったら?

もし、この異音に気づかず、家族が寝静まった夜中にタイマー予約で炊飯器が動いていたら?

想像するだけで動悸が止まらない。今この瞬間、家が燃えていないこと、家族が無事であること。それだけが唯一の、不幸中の幸いだった。

しかし、問題はこれからだ。

この焦げ付いた棚を、一体どうやって使い続けていけばいいというのか。一度熱を持って炭化したコンセントは、もはや信頼に値しない。修理を依頼するにしても、この構造自体を見直さない限り、またいつか同じことが繰り返されるのではないかという恐怖が付きまとう。

とりあえずの応急処置として、リビングにある別の壁コンセントから長い延長コードを引き、這わせるようにしてキッチンまで繋いだ。見た目を気にして「生活感を消す」ために作った棚の前に、無骨な黒いコードが横たわっている。なんという皮肉だろうか。

これから家を建てようとしている全ての人に、私は声を大にして、、いや、枯れんばかりの叫びとして伝えたい。

「キッチンの電源数だけは、絶対に、何があっても、過剰なまでに増やすべきだ!」と。

ブレーカーを細かく分け、専用回路を引き、口数も余裕を持って確保する。それは贅沢ではなく、家族の命を守るための「最低限の投資」なのだ。デザインや収納術など、安全という土台の上に乗る飾りでしかないことを、私は今日、焦げ臭い煙の中で嫌というほど思い知らされた。

失意の夕暮れ。

冷え切ったキッチンで、延長コードに繋がれたケトルがシュンシュンと音を立てている。

明日からは、この「魔法の箱」をどうリフォームすべきか、業者との打ち合わせに明け暮れることになりそうだ。5年目の我が家。メンテナンスというにはあまりに苦い、そしてあまりに重い教訓を刻まれた一日だった。