今年のゴールデンウィークは、カレンダーの並びに恵まれて手にした6連休。この長い休みが、結果として今の自分には一番の薬になったのかもしれない。ここ一か月、常に自分を苛んでいたあの忌々しい腰の痛み。何をするにも億劫で、本来やるべきタスクも、家の中の細々としたことも、すべてを後回しにして「ただ痛みに耐えるだけ」の日々を過ごしてしまった。けれど、ようやくロキソニンを飲めば日常生活を支障なく送れる程度には回復してきた。一時はどうなることかと思ったが、失われた一か月を取り戻すべく、少しずつ、確実に日常のペースを再構築していかなければならない。
そんな決意を胸に、連休明け、そして月初めという節目の一日が始まった。
我が社の月初めは定例の朝礼から始まる。いつもなら副社長が壇上に立ち、その強権的なオーラで場を支配するのが常なのだが、今日は少し様子が違った。マイクの前に立ったのは常務だ。
風の噂、いや、誰からの又聞きだったか。「そろそろ自分は裏方に回ることにする」と、あの副社長が漏らしていたらしい。社内最強の独裁者として君臨し、全社員がその一挙手一投足に神経を尖らせてきたあの男が、果たして本当に大人しく裏方に徹することなどできるのだろうか。権力の蜜の味を知り尽くした人間が、現場の差配を他人に任せて黙っていられるのか。正直、見ものである。
しかし、代わって壇上に上がった常務の挨拶は、相変わらずの「ポンコツ」ぶりだった。
「おはようございます!」
元気よく挨拶をするのは結構だが、なぜかそれを四度も繰り返すところからスタート。会場の空気が少しずつ冷えていくのが分かる。
「連休おつかれさまでした!」
……お疲れ様? 休んでいたのだから、そこは「ゆっくり休めましたか」ではないのか。あるいは「リフレッシュできましたか」だろう。連休を過ごしたことに対して「お疲れ様」と言われる意味が、私にはどうしても理解できなかった。
さらに話は迷走を極める。
「皆、仕事をしていて『あいつのことだけは許さない!』なんて不平不満、いろいろあるかと思います。ですが、見方を変えて考えて行動していけば、きっと解決するはずです! 今月もよろしくお願いします!」
あまりにも唐突、かつ具体性に欠ける精神論。何が言いたいのかさっぱり分からない。それどころか、連休の間すっかり忘れてリセットされていたはずの「社内に渦巻くどろどろとした不平不満」を、わざわざこの朝一番に思い出させてくれた。藪蛇とはまさにこのことだ。皆の顔に「連休明け早々、何を言っているんだこの人は」という困惑の色が浮かんでいる。
その後、他の役職者からの短い連絡事項が続いた後、最後に再び「独裁者」が口を開いた。今回の朝礼の、これが真のメインディッシュだったわけだ。
「今年の夏は、例年以上の猛暑になるという予報が出ています。そこで会社としての対策として、今年のお盆休みを従来の4連休から8連休に大幅に拡大することに決定しました。ただし、その増やした休み分の振替として、10月、11月、12月のどこかの土曜日を出勤日に当てさせてもらいます」
突然の「大連休」宣言。一見、社員の健康を慮った英断のようにも聞こえるが、話はこれで終わらなかった。
「これに関して異議や意見がある場合は、今日いっぱい、定時まで受け付けます」
……今日まで? あまりに急な通告だが、一応は社員の意見を聞くポーズだけは見せた。しかし、驚いたのはその後の展開だ。意見を受け付けると言っていたはずの当日の午後14時頃、まだ業務時間内であるにもかかわらず、既に印刷された「修正済み年間カレンダー」が全社員に配られたのだ。
意見を聞く気など、端から微塵もなかったということだ。形式上の民主主義を装った、いつもの独裁的な決定。配布されたカレンダーを眺めて、私は溜息を禁じ得なかった。
8月を無理やり大連休にしたツケは、後半戦に重くのしかかってくる。10月と11月はそれぞれ土曜日の出勤が1日ずつ増え、そして12月に至っては、土曜日休みが一日も存在しないという、寒々しいカレンダーに仕上がっていた。
私としては、なるべく子供たちの休みに合わせてやりたい。学校が休みの土日に、家族で過ごす時間を確保したい。それが親としての切実な願いであり、仕事へのモチベーションでもある。土日休みが望ましい、なんてことは口に出すまでもない当たり前の希望だ。けれど、この会社において、そんな個人の家庭の事情や希望が聞き入れられる余地などない。
おそらく、過去にも似たようなことがあったが、経営陣が無理やり大連休を捻出する時は、決まって身内での旅行やイベントを計画している時だ。自分たちのプライベートな予定を正当化するために、全社員の年間スケジュールを「暑さ対策」というもっともらしい理由で塗り替える。
怒りを感じるよりも先に、なんだか乾いた笑いが出てきた。
12月の土曜日がすべて出勤で埋まったカレンダーをデスクにしまい、私はパソコンに向き直る。
「ま~、仕方ね~か……」
心の中でそう呟く。組織に属し、給料をもらって生きる「雇われの身」というものは、結局こういう理不尽を飲み込むことと同義なのだろう。独裁者の気まぐれに振り回され、ポンコツな上司の挨拶に耳を貸しながらも、日々の生活を守るために淡々と業務をこなす。
腰の痛みはまだ完全には引いていない。少し無理をすれば、またあの疼きが戻ってくるだろう。今は波風を立てず、まずは自分の身体と日常を立て直すことに集中しよう。カレンダーの数字は変わってしまったが、私が守るべき家族との時間は、その隙間を縫ってでも作るしかないのだ。
連休明けの初日。夕闇が迫る工場の窓から外を眺めながら、自分に言い聞かせるように深く一息ついた。