共働き(夫婦2馬力)での生活を始めてから、しばらくの時間が経った。最初の頃のような右も左もわからないパニック状態からは抜け出し日々のルーティンにはそれなりに体が慣れてきたような気がしている。しかし、「慣れてきた」ということと「生活がスムーズに回っている」ということの間には、想像以上に深い溝が存在していた。

朝はまだ静けさが残る午前5時に目を覚ます。体を起こすと同時に、頭の中ではその日のタスクリストが勝手に立ち上がる。まずは風呂掃除。冷たい水を使って床や壁を磨き上げ、次に前夜の食器を片付ける。水切りラックから乾いた皿を収め、シンクを磨き、決まった曜日のゴミをまとめて集積所へと運び出す。ここまでの怒涛の作業を終えて、ようやく我が家の「1日」が本格的に動き出すのだ。

平日はさらに目まぐるしい。特に火曜日と木曜日は子供の習い事が入っており、送迎や準備で夕方の時間は一瞬で過ぎ去っていく。では、習い事のない「空いた日」に少し羽を伸ばせるかといえば、当然そんなことはない。その貴重な隙間時間は、翌日の夕飯の作り置きを仕込むための調理時間へと消えていく。包丁を握りながら、常に時計の針を気にしている自分がいる。

そしてやってくる週末。本来なら1週間の疲れを癒やすための時間のはずだが、現実の週末は「翌週を生き延びるための仕込み作業」で潰れていく。ソファでダラダラと過ごしているように見えても、頭の中は休まっていない。冷凍保存するためのご飯を何合も炊いては小分けにし、自分の会社でのランチ用として、大きな鍋いっぱいに大量のカレーを作り置きする。週末のキッチンは、まるで小さな給食センターのようだ。

やりたいことではなく、「やらなければいけないこと」が山のように積み重なっている。部屋の隅に溜まった埃、整理できていない書類、後回しにしている細かな家事……。見ないふりをしているタスクの山を見るたびに、「今は手が回らないから」と心の中でつぶやく。

しかし、ふと思うのだ。「手が回らない」というのは、ただの言い訳なのではないか、と。本当は、要領よくこなす方法があるのかもしれない。もっと効率的に動けるはずなのに、疲れた自分を甘やかして逃げているだけなのではないか――そんな自責の念が、胸の奥でじわじわと広がる。

夫婦で力を合わせ、仕事も家事も子育ても頑張っているはずなのに、なぜか消化不良のような不完全燃焼感が残る。自分のケツに本当の意味で火がつき、この現状を本気で打破しようと動き出すのは、一体いつになるのだろうか。そんな漠然とした焦りと疲れを抱えながら、今日もまた、次のカレーを煮込むための火をつけるのだ。