息子の保育所で、ウイルス性胃腸炎の猛威が止まらない。
ここ数週間、連絡帳や掲示板には「〇〇クラスで嘔吐がありました」という不穏な通知が、まるでカウントダウンのように並んでいた。そして今日、とうとう「我が子のクラス」の名前がそのリストに加わってしまった。
「いつかは来るだろう」と覚悟はしていた。それでも、実際に文字として突きつけられると、心の奥がザワザワと波立つ。嫌な予感というのは、どうしてこうも的中しやすいのだろうか。
昼間、保育所からの着信がないことを確認しては胸をなでおろすが、それで「一安心」とはいかないのがこの病気の厄介なところだ。潜伏期間という名の静かな嵐が、今この瞬間も息子の体内で準備を整えているのではないか。そう考えると、一分一秒が落ち着かない。
「もしも」の時に備えて、私は重い腰を上げた。戦うための武器を揃えなければならない。
まずは100円ショップを数軒ハシゴする。目的は、汚物処理のための使い捨てセットだ。手袋、ビニール袋、エプロン、新聞紙……。しかし、考えることは皆同じなのだろうか。棚の一部がぽっかりと空いていて、必要なものがなかなか一箇所で揃わない。店から店へ、埃っぽい通路を歩き回りながら、カゴの中を少しずつ埋めていく。
次に、除菌の要となる「次亜塩素酸系スプレー」を求めて薬局へ向かった。アルコールでは太刀打ちできない相手には、これしかない。しかし、殺菌・消毒コーナーをどれだけ探しても、お目当てのボトルは見当たらない。店員に尋ねようかとも思ったが、空になった棚の列を見て、今日のところは諦めることにした。手に入らない焦燥感が、さらに疲労を上乗せしていく。
帰宅すると、家の中にはどこか緊張感が漂っていた。
夕食後、妻と「夫婦会議」を開く。議題はただ一つ。「明日は保育所に行かせるべきか、否か」。
体調に変化はない。けれど、クラス内で発生した以上、リスクは最大級だ。行かせて発症すれば、園にも迷惑がかかるし、何より本人が一番辛い思いをする。かといって、元気な子供を家で閉じ込めておくのも限界がある。
あーでもない、こーでもないと意見を戦わせ、結局、明日は大事をとって休ませることに決めた。
決断を下した瞬間、ドッと一気に疲れが押し寄せてきた。
身体的な疲れというよりは、目に見えないウイルスという敵に振り回され、神経をすり減らしたことによる精神的な消耗だ。泥のように重い体でソファに沈み込む。
そんな親の心境など露知らず、当の本人はといえば、リビングで「やったー!明日休みだ!」と快哉を叫んでいる。
彼にとって、明日の休みは「ウイルスの脅威」ではなく、「自由への切符」でしかない。その無邪気な笑顔が、今の私には少しだけ眩しすぎた。
そして迎えた翌日。
心配していた息子の体調は、拍子抜けするほど万全だった。
むしろ、有り余るエネルギーの矛先は、ジイとバーに向けられた。
「公園行こう!」「これ見て!」「一緒に遊ぼう!」
息子に捕まった二人は、文字通り朝から晩まで引きずり回され、翻弄されていた。
当の本人は、保育所の喧騒から離れ、大好きな大人たちを独占して、これでもかというほど羽を伸ばしている。
その様子を眺めながら、私はようやく一息つくことができた。
昨日のドタバタと、あの深刻な夫婦会議。
結局、一番の被害者(?)は、孫の底なしの体力に付き合わされたジイとバーだったのかもしれない。
嵐の前の静けさか、それともただの取り越し苦労か。
まだ油断はできないけれど、ひとまずはこの平和な光景に免じて、私の疲れも良しとすることにしよう。
明日は、今日よりも少しだけ穏やかな一日になりますように。