明日から入院。
窓の外の空は、今の僕の心境を映し出したかのようにどんよりと低く、ご機嫌斜めだ。正直に言って、今の気持ちを一言で表すなら「憂鬱」の極致に尽きる。
家族との「最後の晩餐」にと、串カツ田中へ向かった。いつもなら心躍るはずの揚げたての香ばしさも、ソースの匂いも、今日ばかりはどこか遠くの出来事のようだった。美味しいのか、そうでないのか。味覚が麻痺してしまったかのように、何も感じられなかった。
食後、駅ナカを歩き回ってみたものの、並んでいる華やかな商品には一切興味が湧かない。それどころか、ささいなことにイライラしたり、急に足元が崩れるような深い喪失感に襲われたりと、感情の起伏が激しすぎる。自分でも制御不能な「喜怒哀楽」の嵐の中にいる。
心のどこかで、ずっと叫んでいる自分がいる。
「よりによって6人部屋なんて! 人付き合いが苦手な自分には過酷すぎるだろう」
「痛みなんてなかったのに、なぜ手術なんて決断をしてしまったんだ、過去の自分よ!」
そんな、今さらどうしようもない後悔の鎖に、がんじがらめに縛り付けられていた。
しかし、そんな泥沼のような感情の中でも、光が差した瞬間があった。
いつもとは違う、張り詰めた僕の空気を感じ取ったのだろうか。下の子が、移動中ずっと僕の手をぎゅっと握りしめて離さなかった。その小さくて温かい手の感触に、不意に視界が滲み、泣きそうになるのを必死でこらえた。
そして上の子は、「病室で読んで」と、入院期間に合わせた7日分もの手紙を準備してくれていた。「絶対に行くまで読んじゃダメだからね!」と強い口調で言われたが、その言葉の裏にある一生懸命な想いに胸が熱くなった。
子供たちだって、本当は不安でたまらないはずだ。
彼らの優しさに触れて、ようやく目が覚める思いがした。明日の朝、家を出る時は、いつものように気丈に振る舞おう。落ち込んだ姿や弱音を見せるのではなく、父親として毅然と、笑顔で「行ってくる」と伝えなければならない。彼らのためにも、それが今の僕にできる唯一の、そして最大の仕事だ。
周囲の音を遮断するために、奮発してノイズキャンセリングのイヤホンも新調した。相部屋のストレスはこれで何とか凌いでみせる。
目標はただ一つ。一日でも早く、最速でこの壁を乗り越えて、また家族の元へ帰ってくること。
よし、行ってくる。