「明日こそは」

昨夜の私は、確かにそう決意していた。スマートフォンのアラームを2段階にセットし、早朝の澄んだ空気の中で有意義な時間を過ごす自分をイメージして眠りについたはずだった。しかし、現実は非情である。

枕元で鳴り響くアラームを無意識に、かつ熟練の手つきで黙らせ、私は二度寝、三度寝の深淵へと沈んでいった。ようやく重い瞼をこじ開けたとき、時計の針は無情にも9時過ぎを指している。「やっちまった……」という絶望感とともに、私の一日は幕を開けた。

起きてからも、エンジンはなかなかかからない。パジャマのまま、ぼんやりと洗濯機を回し、気休め程度にトイレ掃除を済ませる。動き出しが遅い分、時間は加速していく。気づけば昼時だ。

台所でスマートフォンの画面を立てかけ、リュウジのYouTubeを再生する。至高のレシピに導かれるまま、自分用には手軽で贅沢な**「生ハム丼」を。そして横では、子供のリクエストに応えてパンケーキ**を焼く。甘い香りが部屋に広がり、子供の喜ぶ顔が見られたのは救いだったが、調理と食事、そして山のような洗い物を片付け終えたとき、時計を見て愕然とした。**14時過ぎ。**一日の黄金時間が、音を立てて崩れ去っていく。

そこから這い出すようにして、近所へ買い出しに出かけた。スーパーのレジの列に並び、週末の混雑に揉まれているうちに、外の光は徐々にオレンジ色へと変わっていく。帰宅したのは17時。もはや夕暮れだ。

ここからが今日一番の踏ん張りどころだった。勉強嫌いの子供を机に向かわせ、隣で根気強く付き合う一時間。鉛筆の進まない様子に焦りを覚えつつも、なんとか18時まで完走した。親としての任務は果たしたが、私の精神的なライフはもうゼロに近い。

あとは夕飯を食べさせ、風呂に入れ、寝かしつけるだけ。そうして私の貴重な「1日休み」は幕を閉じる。

窓の外を眺めると、明日からまた始まる労働の足音が聞こえてくるようで、猛烈に気が滅入る。一体、私の休息はどこへ消えたのだろうか。洗濯と掃除と飯炊きと買い出し。結局、場所が家庭に移っただけで、今日も私は「動いていた」のではないか。

「休みの過ごし方を改めなければならない」

寝る前に何度目か分からない反省を口にする。来週の休日こそは、朝の自分に打ち勝ち、自分自身のためだけに流れる時間を1分でも多く勝ち取りたい。そんな淡い希望を抱きながら、私はまた、明日への重い扉を叩こうとしている。