厄年満願:本厄という名の荒波に揉まれて
お盆休み、8連休。「何か有意義なことをしなければ」という焦燥感に駆られながら、気づけば最終日の夕刻を迎えてしまった。 頭の中には、子供を毎日プールに連れて行く、家の不用品を処分する、積読を消化する……そんな計画が山積みだったはずだ。しかし、現実は非情である。時間は日常の3倍速で過ぎ去り、結局何ひとつ達成できていない。
ブログを整えようとパソコンに向かっても、自分のITリテラシーの低さに打ちのめされるばかり。他人のコードを真似て「お問い合わせフォーム」を貼り付けることすら叶わず、絶望の淵に立たされた。子供に「パパと一緒に勉強しよう」と歩み寄っても、意固地なまでに拒絶され、教育の難しさを痛感する。 唯一、熱心に取り組んだことといえば、夜な夜な睡眠時間を削ってPS5の『デス・ストランディング2』をプレイしたことくらいだ。ゲームの中の復興は進んだが、代償として顔中に吹き出物が発生し、身体には拭いきれないダメージが残った。 「一体、自分は何をしていたんだ……」 明日から日常に戻れる自信など、微塵もない。
猛威を振るう「本厄」の正体
以前、健康オタクのようなことを書いた記憶があるが、前言を撤回したい。今年、40歳の本厄を迎えた私のコンディションは、最悪の一途を辿っている。
その①:副鼻腔炎の迷宮 子供の風邪をきっかけに発症したが、これが地獄の始まりだった。40度の高熱に黄色い鼻水。内科では「ただの風邪」と一蹴されたが、薬を飲んでも一向に引かない。収入を維持するため、ふらつく足取りで出勤し、残業をこなす日々は正気の沙汰ではなかった。 ようやく見つけた耳鼻科で「手術も視野に入れるレベルの副鼻腔炎」と診断され、今も治療が続いている。この通院のおかげで、生命保険の見直しさえ足止めを食らっている状態だ。
その②:不意の粉砕骨折 さらには指の粉砕骨折。かつて経験したことのある痛みから、受診せずとも「あ、これは逝った」と確信した。衝撃と劇痛に耐え忍ぶ日々が、厄年のリストに加わった。
その③:お尻の「息子」の反乱 そして今、最も私を苦しめているのが「いぼ痔」である。 フォークリフトでの作業中、ふと感じたお尻の違和感。トイレへ駆け込み確認すると、そこには目を疑うほどの鮮血が広がっていた。死の恐怖に震えながら帰宅し、妻に「もう長く生きられないかもしれない」と遺言めいた言葉を伝えた。 しかし、我が家の主治医(妻)は冷静だった。私の尻を検分し、「何か丸いのが出てる。いぼ痔よ、ボラギノールを入れなさい」と即断即決。 以来、ボラギノールで平穏を保っていたが、時折「息子」が暴れ出し、パンツを血に染める。このお盆休みもその暴動により、楽しみにしていたプール計画は中止に追い込まれた。
小さな怪我や病が次々と押し寄せ、心身ともに削り取られる本厄の40歳。 「厄年なんて、ただの迷信だ」と侮っていた自分を殴りたい。股の発疹を抱え、血まみれのパンツを洗いながら、私は痛感している。厄年とは、決して侮ってはならない人生の荒波なのだと。
もはや、残された道はひとつ。重い腰を上げ、肛門科の門を叩くこと。 厄年を完走するためには、まずは自分の身体と、正面から向き合うしかなさそうだ。