上司ガチャ、失敗…
やる気の減退と、目の回るような忙しさに翻弄され、更新が滞ってしまった。 過酷な肉体労働、妻の仕事の愚痴、子供たちの進級・入学、そして家業の田んぼ仕事に観葉植物の手入れ……。習慣化という理想は、押し寄せる日常の波に簡単に飲み込まれてしまう。だが、ここで立ち止まってはいけない。週に一度は自分と向き合う時間を作らねばと、再び筆を執る。
最近の私は、社長から「免罪符」という名の接見禁止命令をもらい、静かな日々を過ごせるはずだった。しかし、一難去ってまた一難。わが社の「組織の歪み」は、私の想像を遥かに超える展開を見せている。
「接見禁止」の連鎖と末期的な放置
ついに、私たちの直属の上司である係長が行動に出た。副社長に対し、「TK課長とはもう一緒に仕事はできない。彼と関わらない部署へ異動させるか、さもなくば退職する」と、不退転の決意を突きつけたのだ。
傍から見ていても、係長はよく耐えたと思う。陰湿な振る舞いや怒鳴り声に耐え忍ぶ日々。極めつけは、仕事中にタバコを買いに行かされるという屈辱……。それは時間が経っても決して許せることではない。 副社長は慌ててTK課長の息がかからない場所を準備し、彼に「係長への接見禁止」を言い渡した。
普通の会社なら、ここまで末期症状になる前に対処するだろう。しかし、わが社は違う。限界まで放置し、ことが致命的になってから慌てて手を打つ。それがいつものパターンだ。予兆などいくらでもあったはずなのに、経営陣の鈍感さにはいつも溜息が出る。
こうして、社内にはTK課長から「接見禁止」を勝ち取った人間がまた一人増えた。 この「印籠」を手に、社内を散歩がてら各現場で世間話をしてみると、実はTK課長に限界を感じている「予備軍」が思った以上に多いことに驚かされる。自分がいかに周囲の悲鳴に無頓着だったかを痛感させられる瞬間だ。
ロケット鉛筆の芯のように
話はここで終わらない。 これまでTK課長と私との「盾」になっていた係長が戦線を離脱したことで、その役割は主任のY氏に回ってきた。ところがこのY氏、あまりに馬鹿正直なのだ。
彼はTK課長から発せられる言いがかりのような言葉を、そのまま「伝書鳩」のごとく私の元へ運んでくる。最初は聞き流していたが、毎日繰り返される理不尽な指示に、私の堪忍袋の緒も限界を迎えつつある。 「なぜそれが必要なのか、根拠を説明してほしい」「言った言わないを避けるため、書面で指示を出してくれ」とY氏を通じて返すのだが、返答は一切なし。代わりに、私が退社した後の現場にTK課長が忍び込み、重箱の隅をつつくような粗探しをしているという噂が耳に入ってきた。
もはや看過できず、私は副社長に直訴した。「いい加減にしてください。理不尽な指示も、陰湿な粗探しも、不愉快極まりない」と。 しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。
「あいつもいっぱいいっぱいなんだ。あんたも大人になって、多めに見てやってくれ。過去のことは水に流して、許してやってくれや」
耳を疑った。わずか二ヶ月前、私は社長から「強い免罪符」をもらったはずだった。接見禁止は私の専売特許だったはずだ。それが、係長が同じ権利を得た途端、私はまるでロケット鉛筆の芯のように、後から入ってきた芯に押し出されてしまったかのような感覚に陥っている。
今の私は、かつての安定した(?)孤立を失い、再び不安定な立ち位置に放り出されている。社内のパワーバランスは、羽化するトンボの薄い羽のように、危うく、そして頼りない。
今日の写真は、妻が偶然見つけた「ヤゴが羽化する瞬間」だ。 田舎で40年以上生きてきて、初めて目にする神秘的な光景。 古い殻を脱ぎ捨て、別の姿へと変わるその姿は、今の私に何を暗示しているのだろうか。