最近、若者の「宝くじ離れ」が加速しているというニュースを目にした。 確かに、宝くじはギャンブルだ。当選確率は天文学的な数字であり、およそ「堅実」という言葉からは程遠い。合理性を重んじる若い世代が背を向けるのも、無理はないだろう。

しかし、人生の折り返し地点を過ぎ、手元に十分な蓄えがあるわけでもない私のような人間にとって、宝くじは単なるギャンブル以上の意味を持つ。それは、現状を打破するための、唯一残された「一発逆転」への切符なのだ。

そんな夢追い人の私に、幸運が舞い降りた。 ロト6で4等10,000円が当選したのだ。 たかが1万円、されど1万円。私は興奮のあまり、家族や社内の親しい人間全員に吹聴して回った。家族からは呆れ顔で「こんな1万円で浮かれているようじゃ、1等が当たったらショック死するんじゃない?」と揶揄される始末である。 私はその当選金をすべて握りしめ、再びロトへと注ぎ込んだ。この末尾の「0」が、あと4つ、5つと増えてくれることを切に願いながら。

こうした浮世離れした夢を見ながら、今、私は驚くほど穏やかな日々を過ごせている。 それは、あの大嫌いなTK課長と正面衝突し、経営陣全員を巻き込んだ大騒動の末に、ようやく「平穏」という名の権利を勝ち取ったからに他ならない。


「もう辞めてやる!」怒りの事務所乗り込み

TK課長との衝突からしばらく経っても、私の腹の虫は一向に収まらなかった。不条理な指示、陰湿な態度、そして現場を軽視するあの傲慢さ。 「こんな環境で、これ以上自分の人生をすり減らしてたまるか!」 私はついに決意し、勢いのまま経営陣が集まる事務所の扉を叩いた。そこには社長、TZ常務、そして実務を取り仕切るYさんの姿があった。

「少し、お話よろしいでしょうか」 私は怒りを押し殺し、努めて冷静に切り出した。上層部も不穏な空気を感じ取ったのか、YさんとTZ常務が席を外して私の話を聞く場を作ってくれた。

私は単刀直入に告げた。 「TK課長とは、もうこれ以上我慢して一緒に仕事はできません。会社を辞めさせてください」

「あぁ、やっぱりそうなったか……」 Yさんは天を仰いだ。そして、こう続けた。 「でも、あなた、次に行く当てはあるの? もう若くないんだから、感情で動いちゃダメよ。奥さんも子供もいるんだから」

想定外の引き留め方だった。40代という年齢を突きつけられるのは複雑な心境だが、話は続く。 「あなたに辞められるのは本当に困るんだ。現場をしっかり見てくれる人がいなくなってしまうのは、会社にとって大きな損失なんだから」

その言葉を、なぜもっと早く言ってくれなかったのか。心の中で毒づきながらも、私は「あの人の下では無理です」と一点張りを貫いた。 するとYさんは「TK君のことを、もう上司だと思わなくていいから。今回はこちらから厳しく話をして、二度とこんなことが起きないようにする。だから、辞めるなんて言わないでくれ」と、異例の譲歩を見せたのだ。

社長の下した「免罪符」

そこへ、部屋の扉が開き、この会社で最高権力を持つ人物が現れた。 社長である。 社長は私をじっと見つめ、静かに、しかし重みのある口調で語りかけた。

「君のことは、お父さんに連れられて遊びに来ていた子供の頃から知っている。こんな終わり方は、私は望んでいないよ。今の状況はすべて理解した。TK君には、徹底的に変わってもらう。君が苦労しなくて済む状態にするから、任せてくれないか」

絶対的な力を持つ社長からそこまで言われれば、私に断る理由はなかった。 「わかりました。あとはお任せします」 私はそう短く伝え、サッパリとした気持ちで事務所を後にした。

勝ち取った「適切な距離感」

そこからの展開は、驚くほど速かった。 経営陣から徹底的な「指導」を受けたTK課長は、それ以来、私に一切近づいてこなくなった。あれほど威張り散らしていた男が、今では事務所の隅でしおらしくしているという。

社長に対しては、「最初からそれくらいやってくれれば、随分と嫌な思いをせずに済んだのに」という恨み節がないわけではない。しかし、結果として私は、TK課長との間に「一生仲良くなることはないが、仕事に支障のない絶妙な距離感」を築くことができた。

中小企業という狭い世界では、人間関係のトラブルは毒のようにじわじわと組織を蝕む。だが、私はこの会社に勤め続ける限り、もう彼を上司と仰ぐことも、不毛な会話に時間を割くこともない。

宝くじで一発逆転を狙う夢はまだ捨てていないが、少なくとも私の「戦場」であった職場は、今、平穏を取り戻した。 明日もまた、私はあの「馬鹿げた、しかし愛すべき現場」へと向かう。TK課長の背中を遠くに眺めながら、自分自身の仕事を全うするために。