最近……いや、もう随分前からだろうか。常に頭の片隅に「金がない」という四文字が居座っている。
もちろん、明日食べるものに困るほど困窮しているわけではない。だが、通帳の数字を見つめるたびに、何とも言えない薄ら寒い不安が背中を撫でていくのだ。
特にこれといって派手な散財をしているつもりはない。高級車を乗り回しているわけでも、夜の街で豪遊しているわけでもない。それなのに、金は指の間から零れ落ちる砂のように消えていく。世の中には「毎月5万円を優良ファンドに積み立てて資産形成を!」などと、耳を疑うような理想論を説く輩もいるが、こちとらその5万円を捻出するためにどれだけの血を吐く思いが必要か、分かって言っているのだろうか。馬鹿を言うな、と言いたい。
ネットやYouTubeを開けば、ありとあらゆる「節約術」が溢れている。だが、いざ実行しようとすると、どうしても家族の協力が必要になるものが多い。
「今日から食卓はこれだけにしよう」
「電気代が高いからエアコンは控えよう」
……そんなことを妻や子供たちに強いるのは、一家の主としてどうにも気が引ける。情けないというか、申し訳ないというか、とにかくそれは最後の手段にしておきたい。
ならば、まずは自分一人で完結できることから始めよう。
そう決意して給料明細の控をじっと眺めていた時、ある項目に目が留まった。
「弁当代:約9,000円」
会社の弁当。この月1万円弱の出費。ここだ。ここを圧縮してやろう。
最初に考えたのはパスタだった。会社の電子レンジを使えば安上がりだ。しかし、想像してみる。貴重な一時間の休憩時間。麺を茹で、ソースを温め、格闘する。それだけで20分、いや30分は潰れるだろう。午後の仕事に向けて身体を休めるべき時間に、レンジの前で仁王立ちしている自分。……なしだ。
次に、豆腐を一週間分買い溜めて、毎日1パック食うという案。
だが、共有の冷蔵庫を豆腐のパックで占領すれば、また嫁から「邪魔なんだけど」とグダグダ言われるのが目に見えている。家庭の平和を乱してまでの節約は本末転倒だ。
では、100円の菓子パン1個で済ませるか?
いや、それはあまりにひもじい。午後からの工場勤務、身体を動かす仕事にそれでは力が入らないし、何より心が先に折れてしまいそうだ。
試行錯誤の末、ついに最適解に辿り着いた。
「キャベツの千切りを、昼飯に大量に食らう」
これが今回のプロジェクトの骨子である。
採用のポイントはいくつかある。まず、1玉200円以下という圧倒的なコストパフォーマンス。次に「咀嚼量」の多さだ。バリバリと噛み続けることで満腹中枢を刺激できる。さらに、キャベツなら家の冷蔵庫にあっても、最悪夕飯の材料に転用できるため、嫁からの苦情も出にくい。そして何より、ヘルシーだ。
以前、「オートファジー」の真似事をして、16時間何も食べない生活を試みたこともあった。だが、意志の弱い俺には無理だった。空腹時間に耐えた反動で、食べられる時間になった瞬間に食への欲求が爆発。余計にドカ食いしてしまい、金も健康も失うという悪循環に終わった。その苦い経験を踏まえれば、低カロリーで腹を膨らませるキャベツは、まさに「救世主」といえた。
準備は至ってシンプルだ。
家にある「ののじピーラー」――これは、いつの間にか嫁が買ってきたものだが、驚くほどスパスパと千切りができる逸品だ――でキャベツを削りまくる。それを「アイラップ」という魔法の袋に詰め込む。それだけだ。
ただ、キャベツだけでは流石に心が萎えるだろうから、保険としてラップに包んだ冷凍ご飯を一つ忍ばせる。
会社の昼休み。俺は一人、キャベツをむさぼる。
むしゃむしゃ。むしゃむしゃ。
顎が疲れるほどの回数の咀嚼。それでも空腹が収まらなければ、冷凍ご飯をレンジでチンして食べる。
調理時間はせいぜい3分。アイラップとラップを捨てるだけなので、洗い物も一切なし。
完璧な布陣だ。
この「キャベツ生活」を始めて、早いもので二週間が経った。
一番懸念していたストレスだが、意外にも今のところ不満はない。体重こそピクリとも動かない(あれだけ噛んでいるのに!)が、長年悩まされていた胃もたれの頻度が減ったような気がする。身体が軽くなったというか、胃の中が清潔になったような感覚だ。
しかし、今日、一つだけ予想外の出来事があった。
休憩室でいつものようにキャベツの袋を広げていた時のことだ。
普段、一言も言葉を交わしたことがない年下の同僚が近寄ってきた。彼は正直、俺よりもさらに経済的に余裕がないように見える男だ。
彼が、自分の弁当の中からおかずを箸でつまみ、「これ、食べてください」と差し出してきたのだ。
……施しだ。
彼には、俺が金がなくて食べるものにも困り、草(キャベツ)を食んでいる哀れな男に見えたのだろう。
「あ、ああ、悪いな……」
断るのも角が立つと思い、ありがたくいただいたが、心の中では複雑な感情が渦巻いていた。自分のプライドが、キャベツと一緒にバリバリと咀嚼され、飲み込まれていくような感覚。情けなさと、彼の純粋な優しさへの申し訳なさが混ざり合い、おかずの味はよく分からなかった。
まぁ、色々ある。外からどう見られようと、これが俺の選んだ「戦い」なのだ。
昼飯代の圧縮。健康への投資。そして、家族に迷惑をかけないための自立。
とりあえず、しばらくはこのキャベツ生活を続けてみようと思う。
明日の分も、あのピーラーで山盛りの千切りを作るとしよう。
今の俺には、この緑色の葉っぱが、唯一の希望の光に見えるのだから。