朝、目が覚めた瞬間から、今日という日が憂鬱で仕方がなかった。思い出すだけでも胃のあたりがキリキリと痛み出す、大腸内視鏡検査の当日。数日前から食事に気を使い、前日の夜からすでに下剤を服用するという前哨戦は始まっていたが、本当の試練はここからだった。

当日の朝は、当然のごとく絶食。空腹感よりも不安が勝る中、病院の受付を済ますと、目の前に現れたのは「ニフレック」という名の腸内洗浄剤だった。その量、なんと2リットル。文字通り、バケツのような容器に入った液体を、時間をかけてひたすら体内に流し込んでいく。スポーツドリンクをひどく不味くしたような、独特の薬品臭のする液体を口に運ぶたび、喉が拒絶反応を起こしそうになる。

飲んでは待ち、飲んでは動く。やがて、お腹の中で嵐が吹き荒れ始めた。

そこからは、トイレとの果てしない往復である。何度も、何度も、文字通り数え切れないほどトイレに駆け込み、水便を運び続ける。最初はまだ「出す」という感覚があったが、次第に腸の中のものがすべて削ぎ落とされ、ただの透明な水が勢いよく流れ出ていく。体力は見る見るうちに奪われ、便座に座りながら「検査の前に、もう十分にゲンナリだ……」と天を仰いだ。この時点で、私のライフHPはすでに半分以下に減っていたように思う。

ようやく腸内がすっからかんになり、ほぼ透明になった便を看護師さんに確認してもらい許可をいただく

そこからは非日常的な「衣装チェンジ」が待っていた。

渡されたのは、温泉街で着るような、どこか心もとない浴衣風の検査着。そして、この検査の象徴とも言える、お尻の部分にスリット状の穴が空いた使い捨ての紙パンツだ。それを身に纏い、鏡に映る自分の姿を見たとき、人間としての尊厳が少しずつ削られていくような、奇妙な羞恥心と切なさに襲われた。しかし、そんな感傷に浸る余裕すら、その後に待ち受ける本当の恐怖に比べれば、まだ平和なものだった。

静まり返った検査室のベッドに横たわり、ついにその時がやってきた。

個人的な、そして嘘偽りのない心からの感想をここに刻んでおく。

――あの検査は、もう一生、二度とやりたくない。

あんな凄絶な痛みに耐えるくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ、と本気で心の中で叫んでいた。

処置が始まると、お尻から直径1センチ以上はあるだろう、太くて硬い黒い管がグイグイと容赦なく挿入されていく。体内に異物が侵入してくる異物感と、ダイレクトに神経を突き刺すような激痛。思わずベッドの柵を握りしめ、体をよじって悶え苦しんだ。

恐怖はそれだけでは終わらない。カメラが腸の奥深くまで到達すると、今度は位置を調整するためなのか、その太い管をグイグイと引き抜いたり、また力任せに押し込んだりという作業が延々と繰り返されるのだ。

それはまるで、自分の生きたお腹の中を、無骨な棒で無理やりかき回されているかのような、おぞましい感触だった。内臓を直接掴まれて引き摺り回されているような苦しみに、息をすることすら忘れてしまう。

さらに追い打ちをかけるように、腸を膨らませて視野を確保するため、容赦なく空気が送り込まれていく。お腹の中がパンパンに膨れ上がり、ガスと痛みが渾然一体となって、腹中がグッチャグッチャにかき乱される感覚に陥った。

あまりの苦しさと不快感に、「何かが出てきてしまうのではないか」という極限の恐怖が頭をよぎる。しかし、朝からの地獄の仕込みによって、私の中は完全にすっからかんだ。出るものなど何一つ残っていない。何も出ない、出せるわけがないのに、脳と内臓は猛烈な排泄感と不快感を訴え続ける。気持ちが悪くて、具合が悪くて、目の前がチカチカとした。

以前に経験した直腸の手術だって相当なものだったが、あの痛みや恐怖と比較しても、今回の大腸内視鏡検査は完全に別次元の「地獄」だった。自分の体の構造が悪いのか、自分の体が敏感すぎたのかはわからない。ただ一つ言えるのは、肉体的にも精神的にも、完全にキャパシティを超えていたということだ。

検査が終わり、すべての管が引き抜かれ、這う失意のまま服を着替えて帰路についた。

今、こうして振り返りながらも、心は芯からボロボロに崩れ去っている。お腹にはまだ鈍い違和感が残り、精神的な疲弊はピークに達している。

よっぽどのこと、本当に命に関わるような緊急事態でも起きない限り、私はもう二度とこの検査を受けることはないだろう。今日一日を生き延びた自分を褒めたいというよりは、ただただ、この傷ついた心と体をそっと休ませたい。暗い部屋で、ノンアルコールビールでもすすりながら、この悪夢のような一日が記憶の彼方へ過ぎ去ってくれるのを、今は静かに待つことにする。