人生の歯車が、音を立てて力強く回り始めた。そんな予感に震える一日となった。
妻の就職試験が、どうやら最高の結果を引き寄せたらしい。報告を聞いた瞬間、私は自分のこと以上に舞い上がってしまった。驚いたのは、その会社が偶然にも、私がちょうど10年前に籍を置いていた場所だったことだ。縁というものは、時に想像もつかないルートを通って、再び私たちの目の前に現れるらしい。
まだ正式な内定通知書が届いたわけではない。けれど、面接の場で具体的な給与の話や配属先の相談まで出たというのだから、それはもう確信に近いものだろう。何より、面接に同席した社長の言葉が、妻の、そして私の心を深く震わせた。
「申し分ない経歴です。あなたが頑張ってくれることはよくわかる。ぜひ、うちに来ていただきたい」
その言葉を聞いた時、私は10年前の記憶を鮮明に思い出した。当時からあの社長は、人としての器が大きく、温かな血が通った「人間ができている」方だった。10年という月日が流れても、その本質が少しも変わっていなかったことに、言いようのない感動を覚えた。正当に人を評価し、敬意を持って迎え入れようとする姿勢。そんな方がトップを務める会社に妻が認められたことが、誇らしくてならない。
振り返れば、ここに至るまでの道のりはあまりに険しく、理不尽な泥道だった。
妻がこれまでに受けてきた面接の数々を思い出すと、今でも奥歯が浮くような怒りが込み上げてくる。
ある市役所の面接では、部屋を出た直後、隣の部屋から「あの子はないよな」と、わざと聞こえるような声で嘲笑する声が響いてきたという。またある場所では、「代わりはサブのサブまでいくらでもいる」と、一人の人間を消耗品のように扱う言葉を投げつけられた。
さらに信じられないことに、仕事の能力とは全く無関係な、あまりに前時代的で無神経な質問をぶつけてくる面接官もいた。「子供を男女で産み分けできたんだね」などというデリカシーの欠片もない発言や、「旦那さんとの出会いは?」という、業務とは何ら関係のないプライバシーの侵害。それらに耐えながら、妻はどれほど心を削り、自分を否定されたような気持ちで帰路についていたことだろう。
そんな「散々な内容」の連続を一番近くで見てきた。だからこそ、今回の出会いがまるで「恋愛における相思相愛」のように結ばれようとしている奇跡に、胸が熱くならないはずがない。
実は、手術後の一ヶ月間は体を労わって酒を断とうと心に決めていた。けれど、今日ばかりは無理だった。この高揚感、この安堵感。これを祝わずして、何が人生か。冷蔵庫から取り出したビールを、気がつけば夢中で喉に流し込んでいた。「たらふく」と呼べるほど飲んでしまったその一杯は、これまで飲んだどんな高級な酒よりも、五臓六腑に染み渡る最高の味がした。
暗いトンネルはもう抜けたのだ。
理不尽な言葉に傷つく日々は終わり、ようやく彼女が、彼女らしく、その力を発揮できる居場所が見つかろうとしている。
これから、家族としての、そして彼女の新しい人生としての歯車が、どうか滑らかに、そして力強く回っていきますように。このビールの味を一生忘れないような、素晴らしい門出になることを願って、今夜は筆を置こう。
最高の夜だ。