その日は、不意にやってきました。

自分でも薄々気づいていた。状態は決して良くない。けれど、「まだ誤魔化せる」「まだ先延ばしにできる」と、自分に言い聞かせては、現実から全力でバックステップを踏んでいた。

しかし、主治医の診断は、私の淡い期待を木っ端微塵に打ち砕くものだった。

「あのね、イボ痔を手で押し戻してる段階まできたら、もうダメよ。手術!手術しましょう!」

先生の言葉は、まるで迷える子羊を導く(あるいは強制連行する)預言者のように力強く響きました。時計の針はすでに3月21日を指しているというのに、先生は畳み掛ける。

「早いほうがいいわ!いっそ3月中にしちゃう!?」

いや、ちょっと待ってください。あと10日もありませんよ!?

私は必死に抵抗しました。「逃げません!絶対に逃げませんから、せめて4月に!4月にしてください!」と。

泥沼の交渉(?)の末、なんとか4月初頭に決着。

その瞬間、私の**「余命二週間」**が確定した。

修行僧のような入院生活へのカウントダウン

決定してしまったものは仕方がない。しかし、冷静になって考えると、目の前には「一週間の入院」という名の高い壁がそびえ立っている。

しかも、お世話になるのは地域に根ざした「街のお医者さん」。

最新の設備や華やかな娯楽など望むべくもない。近くにコンビニすらないその環境は、さながら現代の修行場のよう。

• 手術当日、これでもかと晒すことになるであろう「羞恥心」との戦い。

• Wi-Fiがあるかも怪しい静寂の中での、孤独な日々。

• そして、術後の痛みとの対峙。

まさに修行僧。煩悩を捨て、お尻の平和を取り戻すためだけのストイックな時間が待っています。今から気落ちするなという方が無理な話かもしれない。

ただ、一つだけ、心の底からスッキリしたことがあります。

それは、約一ヶ月もの間、私のスマホのカメラロールに居座り続けていた**「自分の患部の写真」**をようやく削除できたこと。

診察の際、先生に直接その惨状を確認してもらったことで、そのデータの役目は終わりました。見たくもない、けれど消すに消せなかったあの画像がいなくなった解放感。これだけは、手術決定の絶望を上回る喜びでした。

……ところが、一つだけ解せないことがあります。

先生は、私のスマホに写るその写真を、わざわざご自身の「一眼レフカメラ」で撮影された。

「えっ、それ、そんなに高画質で残す必要あります……?」

と言いかけた言葉を飲み込んだ。プロの記録用なのか、はたまた症例としての資料なのか。私の分身(?)は、今ごろ先生のPCの中で、鮮明すぎるほど鮮明に記録されていることでしょう。

こうして私の「お尻の戦国時代」は、4月の開戦に向けて動き出した。

恥ずかしさも、不便さも、痛みへの恐怖も、すべては「あの忌々しい写真」を二度と撮らなくて済む未来のため。

今はただ、残り二週間の「自由」を噛み締めながら、修行僧のような生活に向けた心の準備を整えようと思う。

サヨナラ、私のイボ痔。

待ってろよ、(不便そうな)病院生活!