「たまには日常に変化を」
そんな軽い好奇心が、これほどまでの後悔に変わるとは夢にも思わなかった。
きっかけは、高騰し続けるガソリン代だ。少しでも家計の助けになれば、そして何より、マンネリ化した日々の生活に少しばかりの「新しい風」を吹かせてみよう。そんな前向きな思いから、私は長年連れ添ったママチャリで通勤することを決意した。
しかし、挑戦初日の今日。私は自分の決断を早々に呪うことになった。
普段、車ならわずか10分で到着する道のりだ。しかし、自転車という乗り物は、私の想像よりもずっと、ずっと進まない。時計の針を気にしながら、「一体何分かかるのか」という言いようのない不安に駆られ、必死にペダルを回した。
時刻は朝の5時。世界はまだ深い闇に包まれ、気温は氷点下。
「疾走」と言えば聞こえはいいが、実際は凍てつく風の中を泥臭くもがいているだけだ。氷の粒が顔を叩き、指先やつま先といった身体の末端から感覚が消えていく。あまりの過酷さに、会社に辿り着いた頃には頭がクラクラとし、立っているのが精一杯だった。
帰り道もまた、同じ試練が待っていた。朝の疲労が残る脚で、再びペダルを漕ぎ出す。ようやく自宅に滑り込んだとき、私の太ももはパンパンに張り詰め、悲鳴を上げていた。玄関を開けた瞬間に感じたのは、達成感などではない。ただひたすらに、文明の利器——「車」という存在の、圧倒的なありがたみだった。
だが、肉体的な疲労以上に、私の心を逆なでした出来事があった。
会社に停めておいた私の自転車を見た経営者が、事も無げにこう言い放ったのだ。
「あの自転車は処分するものか? 鉄クズ屋に出していいやつか?」
確かに、日頃からメンテナンスが行き届いているとは言い難い、年季の入ったママチャリだ。ピカピカのロードバイクのような華やかさはない。けれど、今日という過酷な一日を共に戦い、私を職場まで運び、そして家まで連れ帰ってくれた大切な相棒である。それを「鉄クズ」呼ばわりされるとは、さすがに看過できない。
「そこまで酷くねえよ!」
腹の底から湧き上がった怒りを、私はそっと飲み込んだ。メンテナンス不足は否定できないが、物事の価値を見かけだけで判断されるのは、何ともやりきれないものだ。
ガソリン代の節約という現実的な目的から始まった、私の小さな挑戦。
初日にして、身体はボロボロ、心には小さな傷跡。
「明日もまた、あの氷点下の世界へ漕ぎ出せるだろうか」
パンパンに張った脚をさすりながら、私は静かに明日の出勤方法を考えている