朝一番、上からの号令が響く。

明日は来客がある。工場内を一斉清掃せよ!

いつものことだ。見栄えだけを整え、本質的な改善には目を向けない。私は溜息を飲み込み、「まー仕方がないか。文句が出ない程度に適当に済ませよう」と自分に言い聞かせた。波風を立てず、目立たず、自分の領域を淡々とこなす。それがこの会社で平穏に生きるための、私なりの処世術だったはずだ。

広い工場内、まずは目につく大きなゴミを拾い集めた。そこまでは順調だった。しかし、仕上げにほうきを手に取ったとき、目の前に広がるコンクリートの床が、あまりに広大であることに気づく。これを手作業で掃き清めるのは、非効率の極みだ。

そこで私は、普段は手にすることのない、社内共用の「工業用掃除機」を引っ張り出してきた。毎日、若手のTH君やT君が使っている姿を見かけていたから、当然「動くもの」として計算に入れていたのだ。

絶望的な「道具」の姿

掃除機の収納場所に向かうと、そこだけは驚くほど整然としていた。文句のつけようがないほど完璧な収納。しかし、一歩近づいてその「中身」を確認した瞬間、私は言葉を失った。

そこに鎮座していたのは、もはや掃除機と呼ぶにはあまりに無残な「機械の死骸」だった。

ホースの亀裂はガムテープで幾重にもぐるぐる巻きにされ、本来スムーズに床を滑るはずのローラーは影も形もない。ローラーの取り付け部は、長年コンクリートに叩きつけられ、引きずり回されたせいか、無残に削り取られている。

道具の不具合は、壊したやつが直すか、報告するのが筋だろう

そんな当たり前の常識は、我が社には存在しない。

道具の不具合は知らんぷり

これが、この会社の暗黙のルールであり、名物なのだ。

案の定、コンセントを繋いでスイッチを入れても、虚しくモーター音が響くだけ。吸い込み口に手を当ててみるが、せいぜい人間の深呼吸程度の風圧しか感じられない。これでは埃を吸うどころか、床を撫でているだけだ。

TH君との噛み合わない対話

埒が明かないので、日頃からこの掃除機を愛用(?)しているTH君を呼び出した。

「これ、いつもこんな感じなの? 何か吸わせるためのコツでもあるのか?」

私の問いに対し、TH君は視線を泳がせながら、力なく答えた。

「……いつも、こんなもんだ……」

耳を疑った。

「はあ? これじゃ何も吸えないだろ? 家の掃除機の方がよっぽどマシな仕事をするぞ。そこら中ガタガタじゃないか。本当に、これを普段から使ってるのか?」

「……う、うん……」

その覇気のない返答に、私の堪忍袋の緒が微かに音を立てた。使えない道具を「こんなもん」と受け入れ、思考を停止して使い続ける。その無責任さと怠慢が、このボロボロの掃除機に凝縮されている気がした。

「もういい。こっちで上に話しておくから、お前は自分の持ち場に戻れ」

私は彼を追い返した。

どんでん返しの「被害者面」

その後、私は先輩や上司と「このゴミ同然の掃除機、どうにかしないと仕事になりませんね」と話をしていた。すると、しばらくして驚くべき光景が目に飛び込んできた。

さっき追い出したはずのTH君が、よりによって「何も決断できない、何も解決できない」ことで有名なTZ常務をわざわざ連れて戻ってきたのだ。

そして、TH君は私の目の前で、さっきとは正反対のトーンでこう宣った。

すいません。最近この掃除機、吸いが悪くてどうしましょう? 困ってるんです

……絶句した。

たった数分前、私に向かって「いつもこんなもんだ」と言い切ったあの口が、上役の前では「最近調子が悪くて困っている被害者」を演じている。自分の怠慢を棚に上げ、私が問題を表面化させた途端に、さも「自分も困っていたんです」という顔で便乗してくる。

そのあまりの浅ましさと馬鹿馬鹿しさに、私は怒りを通り越して、急速に熱が冷めていくのを感じた。ここにいても時間の無駄だ。私は何も言わず、その場を離れた。

結局、何も変わらない日常

彼らの形ばかりの「話し合い」が終わるのを見計らい、私はTH君に引導を渡すべく声をかけた。

「それ、君たちの方で修理するなり買い替えるなり手配するなら、こっちの邪魔になるから引き揚げてくれ」

すると、彼はまたしても信じられない言葉を吐いた。

……いや、俺、これから違う仕事がある(できません)

はあ? じゃあ、なぜあんな芝居を打って常務を連れてきたんだ?

結局、彼は「困っているアピール」をして責任をどこかへ放り投げたかっただけで、自分で状況を改善する意思など微塵もなかったのだ。

私はもう、怒る気力も失せた。

一言も返さず、掃除機を元の「完璧な収納場所」に、元の「壊れた状態」のまま、静かに戻しておいた。

そして今、私の視線の先では、相変わらずあの壊れた掃除機が、吸い込みもしないゴミの上を引きずり回されている。誰一人として直そうとせず、誰一人として本気で買い替えを主張せず、ただ「掃除をしているフリ」を続けている。

これが私の勤める会社だ。

壊れた道具、壊れた思考、そして壊れた誠実さ。

泥沼のような不毛な一日に、せめてもの彩りを。

今日も、我が家で静かに咲き誇る「河津桜」の写真を眺める。

外の世界がどれほど不条理で埃っぽくても、この花だけは嘘をつかない。

明日は今日よりも少しだけ、この無関心の壁を高く、厚く築こうと思う。そうしなければ、この会社の「吸わない掃除機」に、私の心まで吸い取られてしまいそうだから。

本日の記録

• 事象: 工業用掃除機の全損レベルの不具合発覚、および若手社員の豹変。

• 教訓: 「いつもこんなもん」という言葉は、思考停止のサインである。

• 癒やし: 自宅の河津桜。ピンク色が目に染みる。