2025年の目標。
新しい手帳の真っさらなページをめくるたび、去年の挫折が頭をよぎる。2024年の始まりに立てた壮大な計画は、日々の激務と倦怠感に塗りつぶされ、形を成す前に霧散してしまった。自分を律することができず、ただ「怠けてしまった」という苦い自覚。しかし、いつまでも自分を責めていては、朝4時からの重労働を乗り切る気力すら削がれてしまう。
だからこそ、2025年は自分を追い込むような高い壁を建てるのはやめにした。まずは手が届く範囲に目標を置き、そこから少しでも上積みできれば御の字。そんなスタンスで一年を歩き出そうと思う。
そして、今年私が掲げた最大の、そして唯一の明確な目標。それは「ロト6、ロト7で10万円以上の高額当選を果たすこと」だ。
この目標を立てるきっかけは、昨年末の何気ない会話だった。 休憩時間、職場の女性従業員と世間話をしていた時のことだ。「もし宝くじで、一生働かなくていいような大金が当たったら、こんな会社秒速で辞めてやるのに!」……そんな、労働者なら誰もが一度は口にする、半分冗談で半分本気の愚痴で盛り上がっていた。
「またまた、そんなこと言って〜」 彼女はいつものように朗らかに笑っていたが、ふと、その表情から笑みが消え、真剣な眼差しを私に向けた。
「これまで、高額当選したことはありますか?」
その唐突な質問に、私は面食らった。「いや、ないですね。かすりもしませんよ」と苦笑いして答えると、彼女は静かに、しかし確信に満ちた声でこう言ったのだ。
「私は、あります。それほど巨額ではありませんけど、当選金を受け取りに銀行へ行きましたよ」
「……えっ!? マジっすか!?」
普段は言葉遣いに気を配っているつもりだが、この時ばかりは衝撃で素っ頓狂な声が出てしまった。彼女の話によれば、何の気なしに「クイックピック」で継続購入を続けていたある日、売り場で照会してもらったら、思いもよらぬ幸運が転がり込んできたのだという。 彼女は驚愕する私に対し、静かに、まるで福音を授けるかのようにこう付け加えた。 「運ももちろん必要ですけど、まずは買わないことには始まらないですからね」
その言葉は、どん底の閉塞感の中にいた私の心に、一筋の光のように差し込んだ。彼女こそが、私の2025年を導く「福の神」なのではないか。そう直感した。
現在の私の労働環境は、お世辞にも良いとは言えない。やりがいを見出すのが難しく、正当な評価が下されているとも言い難い。頑張ったところで報われる保証もなく、かといって生活を考えれば、明日にでも辞表を叩きつけるような無鉄砲な真似もできない。
そんな八方塞がりの日常において、宝くじは単なるギャンブルではなくなった。それは、この現実という檻の外へと繋がる、唯一の「蜘蛛の糸」なのだ。
糸は細く、いつ切れてもおかしくない。だが、糸さえ垂らしていれば、いつか救い上げられる可能性はゼロではない。 今年の私のルールは決まった。「決して大きく張らず、1口ずつ、クイックピックで継続購入すること」。 無理な投資は破滅を招くが、1口の継続は希望を養う。この「継続購入」こそが、2025年の私に課せられた、最も重要なミッションだ。
元旦、私は子供と一緒にケーキを作った。不器用ながらも一緒にデコレーションを楽しんだあの時間は、現実の苦しさを一時でも忘れさせてくれる温かなものだった。このささやかな幸せを守り抜くためにも、今は不毛な戦場のような職場で、淡々と時を過ごすしかない。
2025年。 私は今年も、いい意味で「いい加減」にやっていこうと思う。完璧主義に陥って自滅するのではなく、適当に自分を許し、適当に現実を受け流しながら、毎週の抽選結果に胸を躍らせる。 「高額当選して会社をフェイドアウトする」 その蜘蛛の糸を指に絡ませながら、私は今日も朝4時の冷たい空気の中へと足を踏み出す。
いつか、あの女性従業員のように、銀行の窓口で静かに微笑む自分を夢見て。 さあ、2025年、クイックピックに全ての望みを託して、スタートだ。