「習慣が人を作る」という言葉を耳にするたび、胸の奥が締め付けられるような思いがします。今、私は我が子の生活習慣、特に「自発性」の欠如に深く頭を抱えています。
理想は、子どもが自ら机に向かい、自ら習い事の練習を始め、親はその伴走者として寄り添う姿です。しかし、現実は程遠いものです。何から何まで私からの「やりなさい」という言葉がスイッチになっており、親が背中を押し出さなければ、一歩も前に進みません。もし私が何も言わずに放っておけば、子どもは一日中、ただ画面の中の世界、ゲームに没頭してしまうでしょう。その姿を見るたび、私の育て方が間違っているのではないか、この子の将来はどうなってしまうのかという不安が、濁流のように押し寄せてきます。
さらに私を苦しめるのは、自分自身の過去に対する後ろめたさです。私自身、子どもの頃に何かに真面目に、泥臭く取り組んだという記憶が乏しいのです。自分もできていなかったことを、今、親という立場から子どもに強いているのではないか。棚に上げて説教をしているのではないか。そんな自問自答が、言葉の鋭さを鈍らせ、同時に自分への嫌悪感を募らせます。
親が必死になればなるほど、子どもは受動的になり、心の距離が開いていくような気がしてなりません。強制ではなく、本人の内側から湧き出る「やりたい」という意欲を育てたい。けれど、そのきっかけをどう作ればいいのか、どう声をかければいいのか、全く正解が見えないのです。
毎晩、寝顔を見ながら「明日は怒らず、自発性を引き出そう」と決意するものの、翌日にはまた同じことの繰り返し。このままではいけないと分かっていながら、空回りし続ける毎日に、心身ともに疲れ果ててしまっています。