ようやく10月らしい涼しさが街を包み始めた、月曜日の朝。 世間では爽やかな秋の訪れを喜ぶ声も聞こえますが、我が社の月曜日は、月一回の「定例朝礼」という名の、何とも形容しがたい茶番劇から幕を開けます。

転職組である私の目から見ると、この朝礼はあまりにも異質です。一般的な会社であれば、先月の実績報告や今月の目標、共有すべき課題などが語られるはずですが、我が社の場合は違います。仕事の具体的な話は二の次。そこで展開されるのは、一部の人間による独りよがりな「感情論」のオンパレードなのです。

まずマイクを握ったのは、あのTC課長です。彼が、涼しい顔でこうのたまいます。 「何かこうした方がいいという意見があれば、どんな小さなことでも我々に言ってきてください! 我々は常に耳を傾けています!」 どの口がそれを言うのかと、喉元まで出かかった言葉を飲み込みました。意見を言えば難癖をつけ、気に入らなければ牙を剥く。そんな男の「耳を傾ける」という言葉ほど、空虚で滑稽なものはありません。

そして、もう一人の「主役」が登場します。I課長です。 彼は登壇するなり、不機嫌さを隠そうともせず言い放ちました。 「最近、僕が気になっていることがあります! それは退勤の際、私やTC課長が事務所にいるにもかかわらず、挨拶もせずに帰る人間がいることだ。非常におかしい! そのだらしない姿勢が、君たちの仕事の質の低さにそのまま出ているんだ!」

I課長は、自分が会社を牽引するカリスマだと本気で信じ込んでいます。口癖は「ついてこれない奴は辞めればいい」でありながら、面倒な仕事が回ってくると「俺はその仕事には関係ない」と一蹴する。そんな彼が、今さら「挨拶の礼儀」を説く姿は、もはや喜劇を通り越して悲劇です。

彼は気づいていないのでしょう。自分の言動がどれほど今の時代にそぐわないか。そして、自分より上の人間や取引先には驚くほどの卑屈さでペコペコし、自分より下の人間には悪態をつくその姿を、社員全員が冷ややかな目で見ているということに。

実は私とI課長の間には、深い因縁があります。2、3年前、あまりにも過激で理不尽な彼の発言に、私はどうしても我慢ができず、正面からぶつかりました。その結果、経営陣から下された裁定は「お互いに接見禁止」。同じ会社にいながら、公式に「関わるな」と言い渡されているのです。

私は彼のスタンスが、心底嫌いです。仕事に対するプライドも、部下へのリスペクトも欠片もない。だからこそ、私は彼を「陥れる」ことを、密かな、しかし確かな仕事のモチベーションにしています。彼のような人間がのさばる組織に未来はない。彼がその傲慢さゆえに自滅する日を、私は着々と準備をしながら待っているのです。

頓珍漢な説教が延々と続き、ようやく内容のない朝礼が幕を閉じました。解散して持ち場に戻る際、私は偶然にもI課長とすれ違いました。

一瞬、目が合いました。 かつての私なら、気まずさに目を逸らすか、あるいは形式上の会釈くらいはしたかもしれません。しかし、今の私は違います。私は、彼という存在をそこにある空気か石ころかのように、完璧な「ガチ無視」で通り過ぎました。

もうすぐ40歳。人生の折り返し地点が見え始めた今、私の中で「生き方」の輪郭がはっきりと定まってきました。 誰に対しても良い顔をする必要はない。尊敬に値しない人間には、一秒の思考も、一言の挨拶も費やす価値はない。自分の信念を曲げてまで、腐った権力に阿(おもね)るような真似は絶対にしない。

10月の冷ややかな空気の中で、私の決意はより一層、硬く、冷徹なものへと変わっていきます。激動の年末に向けて、爆弾はすでに仕掛けられました。