4月にしては珍しいほどの快晴。雲一つない青空が広がり、本来なら清々しい気分になれるはずの一日だ。しかし、去年レーザーで顔のシミ取りをしたばかりの自分にとっては、この刺すような紫外線が気になって仕方がない。日焼け止めを塗り直し、どこか落ち着かない気持ちで新しい年度のスタートを切ることになった。
2024年、サラリーマンとしての仕事始め。
連休の緩んだ空気を引き締めるための、恒例の年頭挨拶が朝から行われた。例年通り、役員たちが代わる代わるマイクの前に立ち、中身があるようでない、儀礼的な言葉を並べていく。いつもなら「今年も始まったな」と聞き流せるところなのだが、今年の、特に副社長の挨拶だけは、どうしても看過できなかった。いや、正確に言えば、聞いていて猛烈に「癪に障る」内容だったのだ。
副社長は誇らしげに、一月一日のあの瞬間のことを語り出した。
「一月一日の地震の5分後には、私は会社が心配で様子を見に来ていました。その5分後には〇〇君も来てくれました。社内は危ないので、二人で外から建物の無事を確認しました」
その言葉の裏側にある「どうだ、私はこんなに会社を思っている。地震直後に駆けつける自分こそが社員の鏡だ」と言わんばかりの自慢げなニュアンス。そして、暗に「お前たちはどうだったのか」と問い詰めるような、無言の圧力。彼はまるで自分が未曾有の災害の中で会社を守った英雄であるかのような顔をして、全社員を見下ろしていた。
あの時、テレビの画面越しにアナウンサーたちが必死に叫んでいた声を、彼は忘れたのだろうか。
「今すぐ逃げてください!」「命を第一に考えてください!」
繰り返される避難の呼びかけは、まさに彼のような「まず会社へ」「まず仕事へ」と動こうとする人間を止めるためのものだったはずだ。
副社長のような立場にある人間が、あの大地震の直後に個人的な判断で会社に駆けつける。それは「責任感」などという美しい言葉で片付けられるべきものではない。むしろ、家族を置き去りにし、自らの命を危険にさらし、さらに部下(〇〇君)までその渦中に巻き込んだ、極めて無責任で時代錯誤な行動ではないか。
それを年始の挨拶という公の場で、美談として披露するその神経を疑う。彼のその「英雄ごっこ」は、裏を返せば、災害時であっても私生活や命より会社を優先せよという、社員への強烈な同調圧力の押し付けに他ならない。
どれだけ科学が発達し、教訓が積み上げられても、こういう価値観の人たちには何も伝わらないのだなと、虚しささえ感じた。命を守るという判断を「当たり前」にできない人間が、社員の上に立ち、経営の舵を取っている。その事実に、春の暖かな日差しとは対照的に、心の芯が冷えていくような感覚を覚えた。
結局、挨拶の内容は何も心に残らなかった。残ったのは、彼に対する強烈な違和感と、この組織の体質に対する拭いきれない不安だけだ。
シミ取りをした跡が、紫外線のせいか、それとも怒りのせいか、少し熱を持って疼くような気がした。自分は絶対に、彼のような「命より会社」を語る大人にはなるまい。家族の顔を思い浮かべながら、日陰を選んで家路につく。そんな、2024年の仕事始めの記録。