お盆明けブルー。
お盆休みという夢のような時間が終わり、現実へと引き戻される朝。私は、かつてないほど「会社に行きたくない」という感情に支配されていた。
精神が極限まで追い詰められていたのか、前日の夜は一睡もできなかった。朝、目を覚ましても自分が置かれている状況を脳が拒絶し、ただただ放心状態で時間が過ぎていく。毎朝、時計代わりに眺めている4時55分からの『めざましテレビ』も、今日ばかりはただの光の点滅にしか見えず、内容は何ひとつとして頭に入ってこない。 身支度を整えるという普段のルーティンさえすべて投げ出し、吸い込まれるように家を出た。
通勤路は、これまでに数千回と通ってきたはずの道だ。それなのに、目に入る景色にまったく馴染みを感じない。景色がただ淡々と流れていくだけで、私の心はどこか遠い場所を彷徨っている。 会社の駐車場に車を停め、見慣れた工場の建屋を見上げてみても、どうしても「しっくり」こないのだ。 「家に帰りたい……」 心に浮かぶのは、その切実な一言に尽きた。自分の居場所はここではないのではないか、そんな根源的な違和感に押し潰されそうになる。
ところが、その静かな絶望を打ち破る光景が目に飛び込んできた。 大型免許を持っていないはずのTZ常務が、大型トラックのハンドルを握り、猛然と駐車場を走り抜けていったのだ。 「あの人、免許なんて持ってたっけ……」 呆気にとられると同時に、妙な諦めが腹に落ちた。ああ、そうだ。この荒唐無稽で、支離滅裂な「馬鹿げた環境」こそが、私の生活を支える金を生む場所なのだ。そう自分を納得させ、私は重い足取りで仕事場へと向かった。
さて、そんな我が社では、お盆休み明けという最悪のタイミングで健康診断が実施される。 社員全員が、8日間の大型連休で蓄積した不摂生をその身に宿したまま、検査に臨むのだ。結果は推して知るべし。全社員の中でA判定を受ける者など、毎年1人いるかいないかという不健康のデパートのような団体である。その上、D判定以下を叩き出した「不健康予備軍」の連中のうち、保健指導を真面目に受ける者など1割にも満たない。まさに、身体も素行も手のつけられない不良集団だ。
私自身はといえば、毎年「今年こそはA判定を」という気概でコンディションを整えて臨むのだが、現実は厳しい。職場のストレスか、あるいは過酷な労働環境の影響か、3年連続で血尿に引っかかり、C判定に甘んじている。
しかし、我が社の問題は健康数値だけではない。そこに集う「人材」が、何よりの劇薬なのだ。 昨年は、血圧検査の結果に不服を申し立てた者がいた。あろうことか、健診に来てくれた看護師さんに謎のクレームをつけて逆上。流れ作業のように進むはずの健診の列をせき止め、あろうことか全体に2時間もの遅延を生じさせたという。
外に出せば、必ずと言っていいほど問題を起こす。それが我が社の常識だ。 胃のバリウム検査で、なぜか「おかわり」を要求し、その結果、腸閉塞になりかける強者。 「胃の検査がある」と重々承知しているはずなのに、しっかりと朝飯を完食して検査に臨み、担当者を絶句させる者。 もはや健康診断は、単なる医学的検査ではなく、毎年何かが起きる我が社最大級の「奇習イベント」と化している。
今年こそは、自分の手の届く範囲で騒ぎが起きないことを祈るばかりだ。 「またあいつがやったらしいぞ」 そんな風の噂を遠くの方で聞きながら、「相変わらずだな」と苦笑いして済ませたい。
これが、私が身を置き、家族のために働き続けている「会社」という場所の正体である。 まともではないかもしれない。けれど、その狂気さえも飲み込んで、私はまた明日もこの駐車場へと車を走らせるのだ。