彼が元の部署へ戻るための荷造りを始めている。その背中を見つめながら、私は言葉にできない複雑な感情の渦の中にいる。指導者として彼を完璧に育て上げたという自負と、それ以上に、私の右腕をもぎ取られるような強烈な喪失感。そして、彼という人間が現場に振りまいた、あの「ひりつくような緊張感」が消えてしまうことへの戸惑いだ。

彼を指導する中で、もっとも印象的だったこと――それは、彼が自分の仕事に対して抱いていた、ある種の「潔癖さ」である。

通常、実習生であれば、指導員である私が手助けをすれば安堵の表情を見せるものだ。しかし、彼は違った。私が良かれと思って彼の手元に手を貸そうとすると、彼はあからさまに不快な色を隠そうとしなかった。「ここは私の領域だ、手を出さないでくれ」という無言の圧力が、彼の指先から、そして鋭い眼光からビシビシと伝わってきた。

彼は単に技術を学びに来たのではない。この現場に、誰にも侵されない「自分だけの聖域」を築こうとしていたのだ。私という師匠の介入すら、彼の完璧主義にとっては「不純物」であり、自分の城を汚すノイズに過ぎなかったのかもしれない。その態度は、時として指導者である私に対しても「鼻につく」ほど不遜で、可愛げのないものだった。だが、そこまで仕事に潔癖になれる彼を、私は心のどこかで畏敬していた。

しかし、その「突き抜けた存在」であることは、集団の中では劇薬となる。彼とともに中国から来た他の二人の実習生にとって、彼のその潔癖さと有能さは、自分たちの凡庸さを突きつける鏡となってしまった。

人間、三人が同じスタートラインに立てば、そこには自ずと序列が生まれる。彼はその序列を無視し、一人で遥か先へ駆け抜けてしまった。二人が抱いた感情は、純粋な向上心ではなく、湿り気を帯びた「嫉妬」だった。

「なぜ彼だけが、あんなに自信満々なのか」 「なぜ彼だけが、自分の世界に閉じこもって、私たちを馬鹿にするのか」

彼らは彼を「特別扱いされている」と糾弾したが、実際は逆だった。彼が「特別」であろうと、文字通り死に物狂いで自分の領域を死守していたのだ。二人が寄り添い、傷を舐め合っている間、彼は孤独に耐え、私の手すら撥ね退けて技術を磨き続けた。

結局、同郷の三人は一つに溶け合うことはなかった。彼が築いた高い城壁が、二人を拒絶し、二人もまたその壁の外側から石を投げ続けた。人間、三人もいればバラバラになる。その冷酷な真理を、私は彼の孤立した背中と、二人の冷ややかな視線のコントラストの中に見た。

今、彼が任されていた現場を眺めると、そこには彼が徹底して整えた「秩序」が残っている。彼が私の介入すら嫌って守り抜いた、潔癖なまでの仕事の跡だ。

正直に言えば、寂しい。 あんなに扱いづらく、あんなに生意気で、それでいて誰よりも信頼できた人間が去る。彼のような「飢えた人間」が隣にいたからこそ、私自身の職人魂もまた、心地よく刺激されていたのだ。彼が去った後の現場は、平穏を取り戻すだろう。二人の嫉妬も収まり、波風は立たなくなる。だが、それは同時に、あの爆発的な向上心がもたらしていた熱量が失われることも意味している。

彼に最後に伝えたい。 君のあの「鼻につくプライド」も、私の手すら拒絶した「潔癖なまでのこだわり」も、すべては君がプロフェッショナルとして生きようとした証だ。その気難しさを変える必要はない。むしろ、それを突き通せ。

嫉妬という足かせを跳ね除け、師匠の介入すら嫌って独り立ちした君なら、元の部署に戻っても、また瞬く間に「自分の城」を築くだろう。そしてまた、周りの連中をその有能さで苛立たせるに違いない。それでいい。

私は、君がいない静かな現場で、君が残した潔癖な仕事の跡をなぞりながら、このどうしようもない寂しさを噛みしめることにする。

さらば、私の誇りであり、最も厄介だった弟子よ。 君の築く次の城が、ここよりもさらに高く、強固なものになることを願っている。