カレンダーが2026年を刻み始めてからというもの、どうにも私の運勢は「受難」の二文字に支配されているような気がしてならない。まだ春の足音も遠いある夜のことだ。私は文字通り、人生の深淵(しんえん)をのぞき込むような経験をした。
限界の果てにあった「予兆」
その日は、13時間にも及ぶ過酷な勤務明けだった。
終わりの見えない業務、押し寄せるトラブル、そして張り詰めた神経。職場を出る頃には、私の体力と精神力は完全に底を突いていた。
帰宅し、冷えた身体と乾いた喉を潤すために開けたビール。それは私にとって、13時間の拘束から自分を解放するための唯一の聖域だった。心地よいアルコールが疲れを麻痺させ、私は「これでようやく人間になれる」と安堵(あんど)してベッドに潜り込んだ。しかし、このアルコールが、翌朝(ではなく真夜中)の悲劇を加速させる引き金になろうとは、その時は夢にも思わなかった。
深夜、静寂に包まれた寝室。心地よい眠りの真っ只中にいた私を襲ったのは、アラームの音ではなく、両足の内腿を貫く電撃のような激痛だった。
「攣(つ)った」などという生易しい表現では足りない。筋肉が意志に反して勝手に石のように固まり、あらぬ方向へとねじ切られようとしている。13時間の激務で疲労し、晩酌の利尿作用で水分とミネラルが枯渇した私の筋肉が、深夜に反乱を起こしたのだ。
あまりの衝撃に、私は文字通りベッドから飛び起きた。しかし、着地した足はすでに自分の制御下にはない。そのまま冷たいフローリングの上を、狂った魚のようにのたうち回ることになった。
制御不能の叫び
「クソー、いてぇーんだよ!」
暗闇の中、自分でも驚くような怒声が漏れた。それは誰に向けたものでもない。運命か、あるいはこの理不尽な痛みそのものへの呪詛だった。
頭は朦朧(もうろう)としている。しかし、痛みだけはあまりに鮮明だ。「13時間働いて、やっと飲んだ酒の後に、なんでこんな目にあわなきゃならないんだ!」という怒りと悲しみがこみ上げてくる。ふと気づけば、激痛のあまり口端からは泡が吹き出し、視界は涙で歪んでいた。まさに、自宅の床の上に現れた「静かなる地獄」である。
家族を叩き起こしてはいけない。その理性だけは辛うじて残っていたはずだった。しかし、静まり返った家の中で、大の男が深夜に「クソッ!」と叫びながら床を転動している音が隠し通せるはずもない。
「アンタ、何してんの……? 大丈夫?」
背後から聞こえてきたのは、困惑と、わずかな恐怖が混じった妻の声だった。振り返った私の姿はどう映っていただろうか。酒の余韻も冷めやらぬまま、寝癖は爆発し、パンツ一丁で、口に泡を溜めながらフローリングを這いずり、形相を変えて呻いている夫。妻の目には、夫がいよいよ正気を失い、真夜中の儀式でも始めたかのように見えたに違いない。
実を言えば、妻に対してこれほどまでに「無様な姿」を晒したのは、今年に入ってこれが初めてではない。
年明け早々、私は医者から「いぼ痔の状態を写真に撮ってこい」という、あまりに難易度の高いミッションを課せられた。自分の背後の、それも極めてピンポイントな箇所を自撮りするなど、アクロバティックなヨガの達人でもなければ不可能だ。結局、羞恥心を捨て、妻にスマートフォンを託した。
「悪い、ここを……撮ってくれないか」
その節は、夫婦の絆がまさか「患部の接写」になるとは思いもしなかった。
痔の撮影を頼み、その次は深夜の発狂。2026年、私はまだ妻に対して「威厳ある夫」として振る舞えた記憶がほとんどない。
悶絶の時間は過ぎ、足の強張りが引いた後には、ただただ冷たいフローリングの感触と、気まずい空気だけが残った。13時間の勤務の疲れも、酒の心地よさも、この激痛と羞恥心のせいでどこかへ吹き飛んでしまった。
2026年はまだ始まったばかりだ。次に私が妻の前で晒すのは、せめてもう少し「かっこいい姿」でありたいと切に願うばかりだが、今のところはその自信は、内腿の筋肉と同じくらい脆く崩れ去っている。
この散々な一年が、いつか夫婦で笑い合える最高の酒の肴になること。それだけを唯一の救いとして、私は今日も(足がつらないように、お酒を控えめにしつつ)眠りにつく。