「月に一冊は本を読む」

そんなささやかな習慣を、自分への約束としてなんとか継続している。日々の忙しさに追われ、ページを開く気力が湧かない夜もある。それでも、文字を追い、自分ではない誰かの人生を追体験する時間は、私にとって日常の喧騒を払い落とす大切な儀式のようなものだ。

先月は伊坂幸太郎の『バイバイブラックバード』を読み、その軽妙かつ切ない別れの物語に浸った。今月は瀬尾まいこの『その扉を叩く音』を手に取り、優しく背中を押されるような読後感に癒やされている。一歩ずつ、物語の世界を歩んでいる実感はある。しかし、そんな穏やかな読書生活のなかで、先々月に読んだ一冊の記憶が、今もなお私の心の中心で激しく燃え続けている。

和田竜、著。『最後の一色』。

この作品との出会いは、私にとって単なる「読書」を超えた、圧倒的な体験だった。

かつて読んだ同著者の『村上海賊の娘』も、実に面白い作品だった。瀬戸内の海を舞台に、型破りな姫・景が躍動するあの物語も、和田竜作品特有の「理屈を超えた熱量」に満ちていた。だからこそ、期待に胸を膨らませつつも、今回の『最後の一色』の上下巻を手に取ったときは、その重みに少しだけ怯んだ。「果たして最後までこの熱量についていけるだろうか」という不安が頭をよぎったのも事実だ。

しかし、一歩その物語の中に足を踏み入れると、不安など瞬時に消し飛んだ。そこにいたのは、一色五郎という、まさに「バケモン」と呼ぶにふさわしい、とんでもない武将だった。

一色五郎という男の存在感は、あまりにも規格外だ。戦場を駆けるその圧倒的な武勇、敵をなぎ倒していく膂力。人知を超えた強さを持ち、周囲を畏怖させる彼は、間違いなく怪物である。だが、この物語の真の恐ろしさと、抗いがたい魅力は、その「バケモン」の内側に潜む、あまりにも生々しい「人間味」にあった。

読み進めるうちに、私はある確信を抱いた。この主人は、決して敵には負けないのだ。剣の腕でも、戦術でも、彼は誰にも屈しない。しかし、彼は唯一、自分自身の心にだけは負けてしまう。強固な鎧の下に隠された、あまりに純粋で、不器用で、時に制御不能なほどに熱い心。その内なる葛藤に、彼は常に振り回され、もがき、苦悩する。

「主人は決して敵には負けず、自身の心によってのみ負けてきた」

その一文に触れたとき、私は一色五郎という男に、どうしようもなく魂を掴まれてしまった。最初から最後まで、彼は怪物でありながら、誰よりも人間としての魅力に溢れていた。その生き様があまりに強烈で、あまりに美しく、私は文字通り、全てを放り出してこの物語に没頭した。

もちろん、大人として最低限の家事や仕事といった「やるべきこと」はこなした。しかし、それ以外の時間は、精神のすべてを一色の世界に置いたまま過ごしていたように思う。家事をしながらも、仕事の合間にも、頭の片隅には常に五郎の咆哮が響いていた。気がつけば、あれほど不安だった上下巻をあっという間に読み終えていた。本を閉じた後の、あの心臓の鼓動が収まらない感覚。これこそが、読書という孤独な旅で見つけられる最高のご馳走なのだと感じた。

和田竜作品に共通する、疾走感あふれる文体と、歴史の荒波のなかで剥き出しになる人間の本質。それらが一色五郎という不世出のキャラクターを通じて、私の中に深く突き刺さった。かつて『村上海賊の娘』に夢中になったあの時の高揚感を、さらに純化させたような、痛烈な読書体験。

『最後の一色』という熱狂を経て、私の読書習慣は少しだけ色を変えた気がする。単に知識を得るためでも、時間を潰すためでもない。自分の価値観を根底から揺さぶり、日常を忘れさせるほどの「熱」に出会うために、私は今日もページを捲る。

次はどんな作品が、私の心を奪い去ってくれるだろうか。あの一色五郎に出会った時のような、魂が震える感覚を求めて、私はまた新しい物語の扉を叩き続けようと思う。例えそれが、また上下巻の分厚い壁であったとしても。