いぼ痔の手術に向けた、術前検診の日がやってきた。

窓の外を見れば、皮肉なほどに空は晴れ渡り、穏やかな陽光が降り注いでいる。しかし、私のコンディションはといえば、人生でも指折りの「最低」と言わざるを得ない状態だった。

前夜、どうしようもない不安と焦燥感に駆られ、なかば自暴自棄になって煽ったビールのツケが回ってきたのだろうか。身体は鉛のように重く、一歩を踏み出すのにも凄まじいエネルギーを要する。いや、重いのは身体だけではない。心までもが深い澱(おり)の底に沈み込み、思考は霧の中に消え、全てが上の空だ。

追い打ちをかけるように、激しい腹痛が私を襲う。

家を出る前から何度もトイレに駆け込み、ようやくの思いで車を走らせ始めたものの、目的地までの数キロが果てしなく遠い。道中、こらえきれずにコンビニのトイレを借りた。個室の中で静まり返るたび、「本当に行くのか」「本当に手術を受けるのか」という自問自答が繰り返される。

まさに、「腹が決まらない」のだ。

これから向かうのは、お世辞にも快適とは言えない昔ながらの古い病院だ。

売店はおろか、ちょっとした飲み物を買うコンビニさえ入っていない。もちろん、外の世界とつながるWi-Fiなど望むべくもない。ただ白く剥げかけた壁と、消毒液の匂いだけが漂うその場所は、まるで日常から隔離された「刑務所」のような閉塞感に満ちている。

そんな娯楽も情報の逃げ道もない、無機質な空間で、このボロボロの心身を抱えたまま過ごせるだろうか。真っ白な天井を見上げながら、ただ時間だけが過ぎるのを待つ静寂が、今の私には何よりも恐ろしく、耐え難いものに感じられてならない。

手術を受ければ今の悩みから解放されることは、頭では十分に理解している。しかし、いざその一歩を踏み出そうとすると、未知の痛みや不便な入院生活への恐怖が、足元を強くすくおうとする。吹っ切れない想いが、腹痛となって身体から悲鳴を上げているかのようだ。

それでも、車は刻一刻と目的地へ近づいていく。

この重い心と、言うことを聞かない身体を抱えながら、私は今、大きな人生の節目を越えようとしている。この葛藤さえも、いつか「あんな日もあった」と振り返るための通過点なのだと、自分に言い聞かせることしかできない。

今はただ、この「決まらない腹」を抱えたまま、一歩ずつ進むしかないのだ。