「節約」という言葉は、現代を生きる私たちにとって、切実で、それでいてどこか味気ない響きを持っている。
私も例に漏れず、日々の生活の中では徹底して「外食」と「外での飲酒」を控えるようにしている。理由は至ってシンプルだ。そうしなければ、将来のための蓄えが驚くほどの速さで目減りしていくからである。汗水垂らして働いた対価が、一晩の快楽や、なんとなく済ませた外食の伝票へと消えていく。その虚しさを知っているからこそ、私は自らに厳しいルールを課している。
しかし、そんな私であっても、例外として「ここだけは別だ」と、確信を持って財布を開ける場所がある。それが、今回訪れたこのイタリアンレストランだ。
特別な日に選ぶ、唯一無二の場所
その日は、子供の授業参観だった。
廊下から教室を覗き、我が子の成長に目を細める時間は、親としてのかけがえのない喜びだ。その合間のわずかな休息時間。私は妻と二人、久しぶりにこの店を訪れることにした。
普段、節約を旨とする私たちが、この店にだけは「お金を払う価値」を強く感じるのは、そこに他では決して味わえない「本物」が宿っているからだ。
特に、ここのピザ。
テーブルに運ばれてきた瞬間、鼻腔をくすぐる香ばしい薪の香りが、私たちの期待を最高潮まで引き上げる。上に乗せられた瑞々しい具材の質が良いのは言うまでもないが、特筆すべきは、その「焼き加減」である。
窯の中で、職人の手によって完璧な熱量を浴びた生地。その裏側を覗けば、絶妙な塩梅でつけられた焼き色が、まるで芸術作品のように並んでいる。
一口、口に運ぶ。
表面は驚くほどパリッとしていながら、噛み締めれば生地の内側はもっちりと弾力に富んでいる。この「焼き上げ感」は、到底素人に再現できるものではない。いや、あえて断言しよう。私には、一生かかっても逆立ちしても、この食感を生み出すことはできない。この一枚を食べるためだけに、私たちはここに足を運ぶのだ。
美味しいものを囲むと、自然と会話が弾む。
子供の学校での様子、これからの将来のこと、あるいは他愛もない日常の出来事。
酒を控えている私ではあるが、この空間、この料理があれば、酔わずとも心は十分に解き放たれる。妻と二人、静かに、そして豊かに流れる時間は、日常の喧騒を忘れさせてくれる至福のひとときだった。「たまには、こういう時間も必要だね」と、私は心から思っていた。
そして、食事が終盤に差し掛かった頃、妻が席を立って、お手洗いへと向かった。
私はその隙を逃さなかった。給仕の方を呼び止め、小声で、しかし確信を持ってデザートの注文をしたのである。
「イチジクのアイスクリームをお願いします。妻へのサプライズで」
妻は甘いものが好きだ。この店のアイスなら、きっと喜んでくれるはず。日頃の感謝を込めて、彼女が席に戻った瞬間にテーブルを彩るささやかな驚きをプレゼントしたかったのだ。
妻が戻り、やがて運ばれてきたのは、淡いピンク色が美しい、芳醇な香りを漂わせたイチジクのアイスクリーム。
「わあ、すごい!」
驚く妻の顔。私の計画は完璧だった……はずだった。
懺悔の言葉に代えて
ここで私は、致命的な事実を失念していたことに気づく。
そう、私の愛する妻は今、深刻な「知覚過敏」に悩まされているのだ。
冷たい風が吹くだけでも、あるいは常温の飲み物でさえ、時として彼女の歯を容赦なく貫く。それなのに、だ。私はあろうことか、キンキンに冷えたアイスクリームを、しかも彼女が席を外している間に、逃げ場のない「サプライズ」という形で自ら注文してしまったのである。
妻は私の粋な計らいに喜んでくれつつも、一口食べるごとに、あの特有の「キーン」とした感覚と必死に戦っていたに違いない。せっかくの美味しいアイス。せっかくの夫婦の時間。しかし、その甘美な味わいの裏側で、私は彼女に「痛み」をプレゼントしてしまったのだ。
「ごめん、実は歯が痛かったんだよね」
食後、あるいは帰りの道すがら、そんな言葉が彼女の口から漏れた時、私は自分の至らなさを深く反省した。サプライズという自己満足に酔いしれる前に、パートナーの今のコンディションを最優先に考えるべきだった。美味しいはずのアイスを、痛みに耐えながら食べさせてしまったことを、私は今、妻に心から謝りたいと思っている。
それでも。
あの時、冷たさに少し顔をしかめながらも、「美味しいね」と笑ってくれた妻の優しさは、私にとって忘れられないものになった。
節約、教育、仕事。大人になると、どうしても「正論」や「計算」だけで毎日を埋め尽くしてしまいがちだ。けれど、この店で過ごした数時間は、そんな計算を少しだけお休みさせてくれる、価値ある投資だった。
最高のイタリアン、職人技のピザ、そして愛する妻との時間。
知覚過敏の痛みさえも、いつか笑い話になるだろうか。
いや、次にこの店を訪れる時は、もう少し彼女に優しいデザート、あるいは温かいカプチーノを用意して、リベンジをしたいと思う。
その時は、サプライズで動く前にしっかりと、彼女の歯の調子を思いやることを心に誓って。