雪もようやく落ち着きを見せている。今日、愛車のキーレスが何事もなかったかのように反応した。冬の間、気温が極端に低いと決まって機嫌を損ねていたアイツだが、どうやら春の気配を敏感に察知したらしい。機械ですら季節の移ろいを感じ取っているのだと思うと、少しだけ微笑ましく、またどこか頼もしくもある。

春が近づいている。この響きには、本来であれば心が躍るはずだ。寒さから解放される開放感や、新しいことが始まるような予感。春という季節そのものは、誰だって歓迎したいものだろう。しかし、今の私にとって春の訪れは、純粋な喜びだけでなく、別の意味で「警戒」が必要な季節の到来でもある。

今年もまた、アイツらが律儀にやってきてしまった。

朝起きた瞬間から、目は痒く、鼻はすっかり調子を崩し、喉の奥には常に異物が張り付いているようなイガイガ感が残る。花粉、そして黄砂。例年通りの、容赦のない攻撃だ。

今の私にとって、この季節を乗り切るための「三種の神器」は、文字通り命綱だ。朝晩欠かさず飲むディレグラ、鞄から決して離せない点鼻薬、そして常に机の上に置いてある目薬。これらがなければ、日常生活すらままならない身体になってしまった。薬が切れることへの不安を常に抱えながら、効いている時間を計算し、その合間を縫うようにして毎日をどうにかやり過ごしている。

ふと、「いっそ目も、鼻も、喉も、一度取り外して丸洗いできたらどんなにいいだろう」と真剣に考えてしまう。痛みには「耐える」という対処法があるけれど、この終わりのない痒みというのは、ジリジリと理性を削り取られるような、逃げ場のない不快感だ。

そういえば、明日は皆既月食があるらしい。本来なら夜空を見上げて、月の欠けていく神秘的な姿を楽しみたいところだが、今の私にはそんな余裕もなさそうだ。どうせ花粉と黄砂に霞んで、ぼんやりと淀んだ空にしか見えないんだろうな。澄み渡る夜空を見上げられる健康な身体が、少しだけ羨ましい。

「この世は、なんて生きづらいんだろう」

そうやって鏡の前でため息をつく自分に、また一段と鼻が詰まる音が返ってくる。外の空気は春の香りを帯び始めているのに、私の体感する世界は花粉と薬の味に支配されている。

それでも、時間は止まってはくれないし、春は容赦なく進んでいく。この不調と薬に依存しながら、明日もまた、なんとかやり過ごすしかないんだろうな。

さて、そろそろ夜の薬の準備をして、早めに眠るとしよう。明日は今日よりも少しだけ、空気が穏やかでありますように。そう願うことくらいは、許されるはずだ。