毎日、朝4時台に起床し、泥のように働く。夕方まで現場で汗を流し、帰宅する頃には心身ともに消耗しきっている。そんな生活の中で「今日こそは日記を書こう」と思っても、つい自分を甘やかして横になってしまう。周囲は平然とこなしているように見え、自分だけができないのだと自責の念に駆られることもある。だが、そんな自己嫌悪さえ贅沢に思えるほど、私の心は今、ある「事実」への衝撃で波立っている。

事の発端は、TZ常務の妻であり、社長の娘でもあるYさんとの二人きりの面談だった。 私は意を決して、今の会社の惨状をぶつけた。現場を牛耳るTK課長とI課長による独裁的な振る舞い、モノ作り企業としてのレベルの低さ、そして迷走する設備投資の方向性。以前、副社長に宛てて切実な思いを綴った手紙を出したが、まともな返答は得られなかった。 「このままの体制が続くのであれば、退職も辞さない覚悟です」 それは、組織の腐敗に対する、私なりの最後通牒だった。

我が社は部署の境界が曖昧だが、Yさんは実質的に総務の要職にいる。彼女は私の言葉を静かに受け止め、意外なほど素直に非を認めた。 「現場のことは副社長に任せきりで、私や社長は見てこなかった。本当に申し訳ない」 彼女によれば、現場の悲痛な叫びは、経営陣の耳には一切届いていなかったという。

私は思わず苦笑した。 「それはそうですよ。TK課長やI課長は経営陣と非常に親密ですから。我々末端の人間が何を言おうと、聞き入れてもらえるような風通しの良さなんて、微塵も感じませんでしたからね」 しかし、Yさんの返答はさらに意外なものだった。 「私たちはそんな風に思っていないし、むしろ皆の声を直接聞きたいと思っているの。でも、なぜかあの二人が、まるで現場の代弁者であるかのように振る舞って報告に来るのよね……」

その時、組織のパイプがどこで詰まっているのか、その正体が見えた気がした。だが、真の衝撃はここからだった。

Yさんは、独り言のようにこう漏らした。 「あの子たちがね……外に出て交渉する上で、肩書きがないと話が通らない、格好がつかないって言うから役職を与えたのよ。でも、どうやら変な方向に羽を伸ばしてしまったみたいね……」

私は耳を疑った。驚きのあまり、「はぁ!?何ですかその話!」と、心の声がそのまま口から飛び出していた。 この会社の役職制度は、能力の評価でも、実績への報酬でもなかった。本人たちの「自己推薦」と、対面を保つための「飾り」に過ぎなかったのだ。

「私たちは、彼らが特別に秀でているとは思っていません。ただ、肩書きがあることでモチベーションが上がるというのなら、と与えただけなの」

Yさんの言葉が頭の中を激しくかき回す。これまで積み上げてきた不満、改善の提案、組織への憤り……それら全てが、一瞬で虚空に消えていく感覚。ん?、んん?、はぁーーー!? 混乱する思考の中で、過去の不可解な出来事が、まるでパズルのピースが嵌まるように繋がり始めた。

まず思い出したのは、私の直属の上司の嘆きだ。彼は以前、「給料明細に役職手当の欄はあるが、金額が全く反映されていない」とぼやいていた。その時は会社のケチさを疑ったが、今の話を聞けば合点がいく。会社からすれば、能力を認めていない人間に、本物の「対価」を払うはずがないのだ。形だけの役職。それはあまりに空虚な「ごっこ遊び」だった。

また、TK課長が酒の席でこぼしていた陰口も蘇る。「あいつ(私の上司)を出世させてやったのに恩知らずだ」という傲慢な言葉。おそらく、彼らが自分の支配力を強めるために、望んでもいない上司を係長に据えるよう、経営陣に口添えしたのだろう。

さらに、会社の創立記念式典での光景がフラッシュバックする。あの時、TK課長とI課長の二人は、舞台上で「課長にしていただき、ありがとうございました!」と、卑屈なほどに、そして執拗に繰り返していた。あの違和感の正体はこれだったのだ。彼らにとって役職とは、勝ち取った実力ではなく、経営陣に取り入って「授かった」特権に過ぎなかった。

「すぐには無理だけれど、必ず良い方向に向かうようにします。だから、一緒に良くなるように協力してください」 Yさんのその言葉で面談は終わったが、私の頭はもはやそれどころではなかった。話の後半は、集中しようとしても思考が空転するばかりだった。

席を離れ、戻る途中で、件の「両課長」とすれ違った。彼らの背中を見た瞬間、思わず二度見してしまった。今まで見ていた上司の背中ではない。そこにあるのは、浅ましい処世術で自分を飾り立て、その「偽りの地位」によって他者を支配しようとする、歪んだ精神の成れの果てだ。

出世の方法には、確かにいろいろあるのだろう。だが、身の丈に合わない地位は、これほどまでに人を狂わせ、組織を壊死させるのか。 「ホント、この会社ヤバイわ……」 独り言が漏れる。この砂上の楼閣のような組織で、私は何を信じ、どう動くべきなのか。週末の静かな時間、こうして日記を書きながらも、私の心はまだ、あの瞬間の驚きと冷ややかな絶望の中に留まっている。

地位は人を狂わせる。そして、実体のない権威ほど、現場を苦しめる毒はない。 この衝撃を忘れないために、私は今、重い筆を動かしている。