憂鬱な月曜日の朝だった。時計の針は午前5時を指している。 昨夜は月曜日へのプレッシャーからか、妙に目が冴えて寝付けなかった。浅い眠りの果てに鳴り響くアラームに従い、鉛のように重い体を引きずって玄関を出る。ガレージまでの数歩が、まるで底なし沼を歩いているかのように遠く感じられた。

愛車はマニュアル車(MT)。この厳しい寒さの中、サイドブレーキが凍結して固着するのを避けるため、あえてブレーキを引かず、ギアを1速に入れて停車させるのが冬の私のルーティンだった。それは、長年車を愛してきた自分なりの知恵であり、気遣いでもあった。

いつもの癖で運転席に沈み込み、クラッチを踏み、ギアをニュートラルに戻してエンジンをかける——。 はずだった。

「キュルル、ドガシャァァン!」

静寂を切り裂く金属音。激しい衝撃とともに、私の体は前方に投げ出された。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。心臓が早鐘を打ち、脳がパニックを拒絶する。しかし、目の前に広がるのは、無惨に折れ曲がったガレージのシャッターと、エンストして沈黙する愛車の姿だった。 「……ギアが、抜けていなかったのか」 その事実を認めるのに、数秒の時間を要した。

車を降り、生気のない足取りで被害状況を確認する。 昨日一睡もできなかったこと、重い足取りでガレージへ向かったこと、寒さを懸念してギアを入れた昨夜の自分。すべてが走馬灯のように頭を駆け巡る。「もし、あと数センチ手前で止まっていれば」「もし、もう一度シフトノブを確認していれば」——。後悔は津波のように押し寄せ、思考を飲み込んでいく。

不幸中の幸いか、愛車は驚くほど無傷だった。しかし、目の前のシャッターは悲惨なほどに歪み、その機能を失いつつあった。 「……全部、投げ出してしまおうか」 一瞬、脳裏に「欠勤」の二字が浮かんだ。しかし、大の大人がシャッターを壊したからと会社を休むわけにもいかない。現実という重力が私を現世に繋ぎ止める。

会社へ向かうため、歪んだシャッターを力任せに押し上げる。しかし、金属の悲鳴とともに途中で引っかかり、上まで上がりきらない。 「詰んだ……」 乾いた笑いが漏れた。それでも、車が辛うじて通り抜けられる高さまでこじ開け、私は逃げるように家を飛び出した。曲がったままのシャッターを強引に下げて。

通勤の道中、視界に入る景色はすべて灰色だった。胸の奥に澱のように溜まったモヤモヤと、自分自身へのイライラが収まらない。 会社に着いても、仕事が手につくはずもなかった。同僚たちが交わす週末の思い出話や、他愛のない雑談が遠くの雑音のように聞こえる。今の私には、周囲と喋る心の余裕など1ミリも残っていないのだ。

ふとした瞬間にスマートフォンの画面を叩き、修理費用を検索する。「ガレージ シャッター 修理 費用」「シャッター DIY 歪み」。しかし、出てくるのは業者向けの専門的な内容や、素人には手の出せない工法ばかり。 先日、妻が新車をシャッターに軽く接触させた際、私はそれを窘めたばかりだった。だが、今回の自分の惨状は、あの時の彼女の比ではない。 「これは、黙っておくべきか……」 良心の呵責と、これ以上の精神的ダメージを避けたい自衛本能が、心の中で激しくぶつかり合う。

日が落ちるにつれ、朝に棚上げしてきた「現実」が再びその姿を現し始めた。 帰宅すれば、あの歪んだ金属の塊と対峙しなければならない。暗いガレージで、冷たい風に吹かれながら、一人で応急処置をする作業が待っている。考えただけで溜息が出る。

ようやく自宅に辿り着き、作業に取り掛かろうとしたその時、さらなる追い打ちが待っていた。近所の老人が、物珍しそうにこちらの様子をじっと観察しているのだ。 「なんてついてない日なんだ……」 放っておいてくれ。頼むから見ないでくれ。叫びたい衝動を抑え、私はただ粛々と、歪んだシャッターに向き合う。

一週間のスタートとしては、これ以上ないほど最悪な幕開けだ。 冷え切った指先で金属を叩きながら、私は思う。この憂鬱な月曜日が終わったとしても、明日にはまた新しい火曜日がやってくる。せめて今夜は、ギアをニュートラルに入れるのと同じくらい、自分の心もフラットにして眠りにつきたい。