「頑張ってほしい」という願いに、嘘はない。
妻が資格試験に挑戦すると決めたとき、僕は心からエールを送った。新しい知識を吸収し、キャリアを切り拓こうとする彼女の姿は眩しく、パートナーとして最大限の協力をしようと誓ったのだ。しかし、実際にその生活が始まってみると、現実は想像以上にハードな「戦場」だった。
僕の仕事は、早朝から始まる肉体労働だ。現場で体を動かし、汗を流す。肉体的な疲労は、夕方にはピークに達する。それでも、夕方5時に帰宅した瞬間から、僕の「第二の勤務」が幕を開ける。
玄関のドアを開けた瞬間、心地よい静寂ではなく、嵐のような日常が僕を迎え入れる。かつては分担していた家事の全般が、今は僕の両肩にのしかかっている。
帰宅、そして「夜の部」のゴング
まず取り掛かるのは、夕飯の支度だ。仕事終わりの重い体に鞭を打ち、包丁を握る。子供たちの「お腹すいた!」という合唱を背に受けながら、手早く、かつ栄養も考えた献立を仕上げていく。
食卓に料理が並べば、一息つける……なんてことはない。子供たちに食べさせながら、自分も合間に口へ運び、食べ終われば山のような食器がシンクで待ち構えている。洗剤の泡にまみれながら、ふと時計を見ると、もう夜の7時を回っている。
そこからは怒涛の展開だ。子供たちを風呂に入れ、騒ぐ彼らを脱衣所で捕まえ、パジャマを着せる。髪を乾かし、歯を磨かせ、布団に入り、ようやく子供たちの寝息が聞こえてくる頃には、時計の針は10時を指そうとしている。
「やっと終わった……」
静まり返ったリビングで、僕はソファに深く腰を下ろす。しかし、ここからがようやく自分の時間だ。溜まった洗濯物を畳むか、それとも明日も早い仕事に備えて、自分の風呂を済ませて寝るか。
ふと隣の部屋を見ると、スタンドライトの灯りの下で、参考書と格闘している妻の背中が見える。彼女もまた、自分の限界と戦っている。その姿を見ると、愚痴をこぼそうとした言葉が喉の奥に引っ込む。「お疲れ様」と声をかけたい気持ちと、「正直、僕も限界だよ」と叫びたい気持ちが、胸の中で複雑に混ざり合う。
平日は、まるで巨大な洗濯機の中に放り込まれたかのように、あっという間にグルグルと回っていく。朝の現場の空気、重い資材の感触、帰宅後のキッチン、子供たちの笑い声、そして夜の静寂。それらが一つの線になって繋がり、目まぐるしく僕を追い越していく。
正直に言えば、しんどい。肉体労働の後のワンオペ家事は、体力的にも精神的にも、僕の「貯金」を確実に削っていく。
しかし、ふと思うことがある。かつて、僕が仕事に没頭していた時期や、トラブルで心身ともに疲れ果てていたとき、妻はこうして僕の分まで家の中を支えてくれていたのではないか。今の僕の苦労は、彼女がこれまで当たり前のようにこなしてきたことの、ほんの一部に過ぎないのかもしれない。
資格試験という目標に向かって走る妻を支えることは、単に家事を代行することではない。彼女の人生の可能性を一緒に守ることなのだ。
明日もまた、早朝から仕事が始まる。5時に帰れば、またあの「ループ」が待っている。
食器洗いの水が冷たく感じたり、寝かしつけで自分の方が先に寝落ちしそうになったりする夜も、きっとまだまだ続くだろう。
それでも、いつか妻が試験を終え、その努力が報われたとき。二人で「あの時は本当に大変だったね」と笑い合いながら、少し高い酒でも飲めたら最高だ。
今のこの目まぐるしい日々も、家族が新しいステップへ進むための必要なプロセスだと信じたい。
時計はもうすぐ11時。
よし、風呂に入って、明日もまた現場へ向かおう。
僕らの平日のループは、ただ回っているだけじゃない。少しずつ、確実に、前へ進んでいるはずだから。