「パパ(ママ)、頑張ったよ!」 長距離走を走り抜き、清々しい笑顔を見せる我が子。その眩しさに当てられ、私は数ヶ月放置していた「闇」と向き合う決意を固めた。そう、私の大腸肛門科デビューである。

「厄年」という魔物は、よりによって最もデリケートな部位に直撃していた。飲酒のたびに繰り返される「赤い警告(出血)」。大腸の病気への不安と、部位ゆえの羞恥心の狭間で揺れ動くこと3ヶ月。子供の頑張りがなければ、私は一生「お尻の不調」を隠し通す隠密として生きるつもりだった。

病院の門を叩くまでは、まさに勇者。しかし、受付で渡された**「痔の入門テスト(問診票)」**が、いきなり私の心を折りにかかる。

  • 「いぼ、切れ、それとも便?」

  • 「それは押し戻せますか?」

……初対面の相手にいきなり聞くには、あまりにハードコアすぎる質問である。「全部は書けません」と半泣きで伝えた私を、受付の方は菩薩のような微笑みで受け流してくれた。

診察室では、せめて「口頭試問」だけで終わってほしいと願った。しかし、世の中そんなに甘くない。「ズボンを下げて準備してください」——その一言で、私の防衛ラインはあっけなく崩壊した。

そこからは、まさに**「地獄のワンツーフィニッシュ」**である。

  1. 第一刺:先生の指(指診) 「力抜いてくださいね〜」という先生の無茶振りに応える余裕などない。痛い。声にならない。この瞬間、私の「人間の尊厳」は診察台の隅っこで塵となった。

  2. 第二刺:カメラの襲来 指の衝撃も冷めやらぬ中、間髪入れずに放たれる追撃。心の中の私は、間違いなくムンクの『叫び』のような顔で絶叫していた。

わずか1分の出来事だったが、体感時間はフルマラソン。 呆然とする私に告げられた診断は「いぼ痔ですね」。…先生、その後の詳しい説明、私の脳には1ミリも残っていません。

手渡されたのは、大量の「薬きょう」のような坐薬。 帰宅後、自らの手で「弾丸」を装填する虚しさは、経験した者にしかわかるまい。

果たして私は、完治までこの「お尻の戦場」に通い続けることができるのか。 次に子供の頑張る姿を見た時、私はこう思うだろう。 「パパも、あの地獄(診察室)を耐え抜いたんだ。お互い、立派な戦士だな」と。