その通知を見た瞬間、脳内に快楽物質が走ったのは事実だ。「クリアアサヒ ポイントプログラム事務局」からの当選通知。景品は、350ml缶が24本。つまり、まるごと1ケース。

普通なら、ガッツポーズをして冷蔵庫のスペースを確保するところだろう。しかし、今の私にとって、この段ボール箱は単なる「当たり」ではない。それは、ようやく形を成し始めていた「節酒」という名の脆い城壁を粉砕する、破壊力抜群の鉄球だった。

最近の私は、自分なりによくやっていたはずだ。「なるべくアルコールを抜こう」と意識し、ノンアルコールビールで喉と心を誤魔化す日々。完全に「断酒!」と言い切れないあたりがいかにも自分らしい弱さだが、それでも以前よりはずっと、体内のアルコール濃度は薄まっていたはずだった。

それなのに、神様(あるいはアサヒビールの抽選機)は、なんというイタズラを仕掛けるのか。

必死に「飲まない理由」を積み上げていた私の前に、向こう側から「飲むための完璧な理由」を放り込んできたのだ。それも、24回分も。

酒好きにとって、「自分で買った酒」と「もらった酒」の間には、海よりも深い溝がある。

自分で買った酒には、常に背徳感がつきまとう。「また無駄遣いをして」「また健康を損なって」という自責の念だ。

しかし、「懸賞で当たった酒」はどうだろう。

これは私の意志ではない。運命だ。私が選んだのではなく、クリアアサヒの方が私を選んだのだ。このビールたちは、私の財布を痛めることもなく、ただ純粋な「幸運の結晶」としてそこに鎮座している。

「せっかく当たったんだから、飲まないと失礼じゃないか」

「鮮度が落ちる前に、おいしくいただくのがマナーだ」

脳内の「飲みたい私」が、かつてないほどの雄弁さでプレゼンを始める。この「免罪符」という名の魔法の言葉は、私が数ヶ月かけて築いた自制心を、ものの数秒で溶かしていく。

本当は分かっている。24本を1本ずつ消費していくたびに、私の「節酒スイッチ」はどんどん錆びついていくだろう。1本飲めば「あと23本ある」と思い、2本飲めば「まだ22本もある」と安心する。そうして、毎日が「特別な当選記念日」にすり替わっていく未来が、HD画質のように鮮明に見える。

私は意志が弱い。それは認めよう。

禁酒!と高らかに宣言してSNSに投稿し、周囲に監視してもらうほどの潔さもない。ただ静かに、なんとなく、フェードアウトするように酒を減らしたかっただけなのだ。

そんな中途半端な私にとって、この1ケースは「試練」というにはあまりにも魅力的すぎる。

玄関に置かれた段ボールの重みを感じる。この中には、キンキンに冷やして喉を鳴らすあの瞬間が24回分詰まっている。クリーミーな泡、キレのある後味。クリアアサヒのあの軽快さが、今の私の葛藤を軽やかに笑い飛ばしているようだ。

「今日だけは、当選祝いとして飲もう」

「明日からは、また考えればいい」

……この思考こそが、意志の弱い人間の典型的なパターンだと自覚しながらも、私の手はすでにガムテープを剥がそうとしている。

結局のところ、私はこの葛藤も含めて楽しんでいるのかもしれない。

「抜かなきゃいけない」という義務感と、「当たっちゃったんだから仕方ない」という解放感。この狭間で揺れ動くことこそが、人間臭い私の本質なのだ。

さあ、冷蔵庫に入れるのは、とりあえず4本だけにしよう。

いや、やっぱり6本にしようか。

私の「節酒」という名の長い旅路は、この24本の黄金色の刺客によって、しばし足止めを食らうことになりそうだ。

でも、いいじゃないか。だって、当たったんだから。