雪とメルカリと41粒の豆
2月3日、節分。暦の上では春が近づいているはずなのに、空はあいにくの雪模様だ。会社を出た瞬間、フロントガラスに積もった雪を払いながら、私は今日という一日の凄まじいスケジュールを反芻して、小さくため息をついた。
今日のミッションは山積みだ。まずは会社から帰宅し、間髪入れずに上の子をピアノ教室へ送り届ける。その足で、今夜の主役である「恵方巻」を確保するためにスーパーをハシゴしなければならない。ついでに、鬼退治に欠かせない福豆も買わなくては。雪の影響で道路は混み合い、時間は刻一刻と削られていく。
そんな立て込んだ日に限って、スマホが「ピコーン」と無慈悲な通知を鳴らす。数日前から出しっぱなしにしていたメルカリの商品が売れたのだ。普段なら嬉しいはずの売却通知も、今日ばかりは「発送」というタスクの追加でしかない。 「明日発送でいいか……」 一瞬、悪魔が囁いたが、明日の朝の雪かきと通勤の地獄を考えると、今日中に片付けてしまいたい。結局、分刻みのスケジュールの中に「梱包とコンビニ発送」をねじ込むことになった。雪のせいで全く時間が読めない中、焦る気持ちを抑えてハンドルを握る。
なんとかピアノの送迎、スーパーでの恵方巻争奪戦、そしてメルカリの発送を完遂し、ようやく帰宅。しかし、家に着いたからといってゴールではない。食卓には買ってきた恵方巻が並ぶが、それだけで夕飯が済むはずもなく、副菜の準備や汁物の用意と、台所での戦いが続く。
夕食を終え、いよいよ今夜のメインイベント、父親としての「大役」がやってきた。節分の華、鬼の出番である。
私はそっとリビングを抜け出し、凍えるような寒さの屋外へと身を潜めた。防寒着の上に鬼の面を被り、嫁さんが子供たちを連れ出してくるのを待つ。雪は止む気配がなく、足元の感覚がなくなっていく。 「鬼は外!福は内!」 威勢のいい声とともに、子供たちが飛び出してきた。
「さあ、豆をぶつけて退治してみろ!」 心の中でそう構えた瞬間、私の体に当たったのは、カサカサという豆の音ではなく、ずしりと重い「衝撃」だった。
「……痛っ!?」
見れば、子供たちは豆まきのルールを知らないのか、それとも雪国の血が騒いだのか、地面の雪を固めて「雪玉」を投げつけてくるではないか。豆どころか、雪の礫(つぶて)が鬼を襲う。豆まきはいつの間にか、ガチンコの雪合戦へと変貌していた。
冷たい雪を浴び、走り回り、鬼としての体力的限界はとっくに超えていた。息は白く、膝は笑っている。ようやく家の中に逃げ込み、豆まき(という名の雪戦)が終了したとき、私は玄関で崩れ落ちそうになった。
しかし、雪で顔を赤くした子供が、満面の笑みでこう言ったのだ。 「パパ、今日すっごく楽しかった!」
その一言で、今日一日のすべての疲れが、スッと雪解けのように消えていく気がした。仕事の疲れも、雪道の運転のストレスも、メルカリの梱包作業の面倒くささも、すべてはこの瞬間のためにあったのだと思えてくるから不思議だ。
ようやく一息つき、家族で静かに豆を食べる時間が訪れた。 自分の年齢の数だけ豆を食べる。これが今の私にとって、最後の難関だった。
「1、2、3……」
数えながら皿に盛ると、41粒。 かつて子供の頃、もっと食べたいと泣いたあの香ばしい豆も、41歳という年齢になると、なかなかのボリュームだ。一粒一粒が、これまでの人生の年月の重みのように感じられる。口の中の水分を奪っていく豆を噛み締めながら、私は思う。
来年はもっと豆が増えるのか。そのときも、私はこうして鬼を演じ、雪玉をぶつけられ、笑っているだろうか。
外は相変わらずの雪だが、家の中には豆の香りと子供の熱気が残っている。 「お疲れ、自分」 そう心の中で呟きながら、私は41粒目の豆を口に放り込んだ。