「ようやく、全部終わったな」

平日の仕事中、ふとそんな思いが頭をよぎった。妻はこの日のために心血を注いできた就職試験と課題発表を終え、息子もホワイトデーのお返しという大役を無事に果たした。我が家を包んでいたピンと張り詰めた空気が、ようやく緩もうとしていた。

せっかくの節目だ。たまには家族でどこかへ出かけよう。仕事の手を動かしながら頭の片隅で練っていた計画を、私は帰宅後、家族に提案した。

つい先日まで試験の結果や課題の出来に気を揉んでいた妻は、肩の荷が降りたのか、驚くほど穏やかな表情で私の計画に乗ってくれた。一方で、放っておけば画面の中に吸い込まれてしまう子供たちには、少しばかりの「説得」が必要だった。デジタルな世界から彼らを引き離し、半ば強引に車へと乗せる。そうして私たちは、初春の風に揺られながらショッピングモールへと向かった。

目的地に着いてしまえば、そこには穏やかで、しかし確かな幸福感が待っていた。

ふり返ってみれば、人間という生き物は、やるべきことに追われているうちは心から何かを楽しむことができないものだ。締め切りや義務が頭の片隅にあるうちは、景色はどこか色褪せて見える。けれど、この日の私たちは違った。

ただショッピングモールを歩き、ウィンドウショッピングを楽しむ。それだけのことなのに、妻の隣を歩いていると、彼女が心からリラックスしているのが伝わってきた。

特に印象的だったのは、ライフスタイルブランド「ジョー マロン」の前を通りかかったときのことだ。ふと目に留まったバスオイルの値段を見て、二人で顔を見合わせた。

「……バスオイルって、こんなにするものなの?」

思わず漏れた言葉と、その後の驚き。そんな「たまげるような」些細なやり取りが、妙に可笑しく、そして愛おしかった。

子供たちも、大人から見れば「そんなものに?」と思うような、他愛もないものに小遣いを使っていた。普段ならつい口を出したくなるところだが、今日はやめておこうと思った。彼らが自分の意思で楽しみを見つけ、笑顔でいる。その事実だけで十分だった。私もまた、そんな子供たちの姿を眺める時間を、自分へのご褒美として味わわせてもらった。

 

帰りの車中、車窓を流れる夜景を眺めながら、妻がゆっくりと話し始めた。

試験の中で、自分の思うように振る舞えなかった部分。後悔や引っかかり。普段なら家事に追われ、聞き流してしまったかもしれないその声を、今日は最後までしっかりと受け止めることができた。目的地へ向かう車の中というのは、不思議と本音がこぼれやすい。彼女の心の澱(おり)を少しでも軽くできたのなら、今日という日には、それだけで大きな価値があったのだと思う。

 

余談だが、モールの中で見かけた「綿飴の自動販売機」には驚かされた。

今の機械は実に見事に、そして精巧に、ふわふわとした芸術品を作り上げる。テクノロジーの進化を目の当たりにして、思わず感動してしまった。

世界は猛スピードで変わり、便利になっていく。けれど、家族で笑い合い、何気ない贅沢に驚き、互いの悩みを聞き届ける。そんなアナログで泥臭い時間の尊さは、どれだけ機械が進化しても変わることはないだろう。

心から「満足した」と言える、いい休日だった。

明日からまた日常が始まるが、今日蓄えたこの温かな記憶が、私たちの背中をそっと押してくれるはずだ。